四竜帝の大陸【青の大陸編】
「あ~あ。泣いてますねぇ、姫さん。こんなときは耳の良さが恨めしいっつーうか。旦那、行かなくていいんですか?」

竜族は人間の数倍の聴力がある。
会話の詳細は分からなくても、厚い扉の向こうで姫さんが号泣しているのははっきり分かる。

「行ってどうなる」
「へ?」

かなり、驚いた。

「へぇ~、意外ですねぇ。旦那がねぇ~。子ができねぇって、こんな形でばれちまったこと……後悔してんですか?」

姫さんが泣いてんのに、この態度。
大人し過ぎて、かえって不気味だな。
何があったんだ……旦那は姫さんに、何をしたんだ?

「後悔? 後悔などしたことが無いので分からん。だが、反省はしておるな」

さっき。
旦那はハニーに謝ったんじゃない。
姫さんに言ったんだ。

「反省ねぇ」

竜騎士であるカイユにとって、あれくらいはなんともない。
しかも、あの<ヴェルヴァイド>がちゃんと手加減までしてくれたんだ。
でなけりゃ、俺んとこには死体が転移してきたはずだ。

「我は加減を誤った」
 
だから、俺もカイユも感謝はしても恨んだりはしない。
だが、旦那の想像以上に姫さんはショックを受けた。
‘自分には優しいハクちゃん’がカイユにしでかした事に対し、ショックを受け……悲しい思いをしたに違いない。
 
旦那はまだ、姫さんを分かっちゃいないんだ。
この人には、永遠に分からないのかもしれない。
 
「その様子じゃぁ、他にもなんかしちまったんじゃないんすかぁ?」

姫さんを悲しませた。
それはちゃんと分かってるんだな。

「ダルフェよ。お前は<赤>に、母親に似ているな」

で、反省か。 

「……苛つくほどに」

旦那はそう言って、ほんの少しだけ口元を綻ばせた。

「っ!?」

微かな動きなのに。
とんでもなく艶やかで。
目にした者全てが魂まで捕らえられ……恍惚状態のまま、地獄に引きずり込まれて行くような。

<白金の悪魔>……<冷酷なる魔王>の笑み。


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