四竜帝の大陸【青の大陸編】
ハクに会えなかったら。
この世界で私は……誰か他の人に恋をして、結婚して暮らしてたんだろうか?

有り得ない。
元の世界が恋しくて、独りだってことが寂しくて。
ダルド殿下達を憎んで、恨んで……。
 
「どれ。……ここと、ここは良い。ふむ、後はここだけだな。綴りが違う」

ハクちゃんが、間違ってる箇所を指してくれた。
全身に沁み込んでくるかのようなその声に、暗い場所に入りかけていた意識が引き戻される。

「……りこ?」 

無意識に。
私はペンを置き、両手でハクちゃんの服を握っていた。
ぎゅっと、強く握り締めていた。

「あ……ご、ごめんなさい。つい、その。なんでもないの」

ハクちゃんの膝から慌てて手を離した。
腕が触れ合うほど近くに寄って正座をして、彼は私が手紙を書くのを見ていた。

私が言わなくても靴を脱いで絨毯に上がり、しかも靴をきちんと揃えることが出来た。
私のすることを見て、同じようにしてくれたのだ。
ハクちゃんのそういうところって、すごいと思う。

「ありがとう、ハクちゃん。辞書を見て、書き直すね」
 
ハクちゃんは私が質問しない限り、一切口を出さない。
側で見ているのだから、間違ったものを書いてるって気づいてるはずだけど言わない。

ここもまた、彼がすごいと感じるところで……。
私が彼の立場だったらつい必要以上に口出ししてしまい、ちっとも勉強にならなくなる。

小学生の時、宿題をしていて分からない問題をお父さんに質問しながら勉強したら、ますます分からなくなったことがあった。
お父さんはヒントをくれつつ……私がもう少しで答えを出せそうなのに、それを言ってしまうのだ。
そして「答え、分かったろう? ほら、次やろう!」って、どんどん進めてしまう。

間違った答えを書いていると、書きかけのそれを消しゴムでさっさと消してしまって……。
普段は忙しくて遊んでくれないお父さんが、にこにこしながら相手をしてくれるのが嬉しかったから……だから、言えなかった。

答え、言わないで。
私が書いてるのを、勝手に消さないでって。

……お父さん、どうしてるかな。
禁煙、ちゃんと続けられてるかな……。

安岡さんとお見合いして、結婚を決めた時。
お母さんは喜んだ。
お父さんは「……いいのか?」って、言った。

ハクちゃんもすごいけど。
お父さんも、やっぱりすごいよ。
 
あの言葉はとても重いものだったんだね。
あの時は、分からなかったけど。
ハクちゃんと……心から好きになった人と結婚した今は、お父さんが何故そう言ったのか分かる。



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