四竜帝の大陸【青の大陸編】
この微笑みは、ここにはいない誰かに向けられているの?
王子様が微笑みかけているのは。
王子様が微笑みかけるのは。

ーーーお姫様?

「おちびちゃん。おぢいは今、食欲が無いんだ。胸がいっぱい……あぁ、どっちかっていうと胸がむかつくが正しいかもね。う~ん、胃の調子が悪いのかな?」

白い手袋をした右手で胃の辺りを撫でながら、セレスティスさんは言った。

「あんなに好きだった唐揚げも、『あれから』どうでもよくなちゃったし。ふふっ、歳はとりたくないね」

彼の望みを、願いを知っても。
私にとってセレスティスさんは『王子様』だった。
本物の王子様以上に完璧な。
存在するはずのない、絵本の中の……女の子の理想の王子様。

「舅殿。俺とたいして歳が違わねぇのに、年寄りぶるのはやめてくださいよ。申し訳ないんですが、俺と外へ出てくれませんか?」

今まで黙って私たちのやりとりを見ていたダルフェさんが、セレスティスさんの前に立った。
セレスティスさんの視線が、ダルフェさんの顔から腰へと移動した。

「婿殿、そんな怖い顔しないでよ。あらら……物騒だね。ほら、見てごらん僕は丸腰でしょう?」
「丸腰ねぇ~……あんた、素手で大型鎧鬼獣を楽々仕留めるクセに何言ってんだか」
「ふふっ、君だってそうじゃない。安心しなさい、婿殿。僕は皇太子を今、此処でどうこうするつもりは無いんだ」

セレスティスさんは指先を噛んで左右の手袋を外し、それを丁寧に合わせて畳んでから制服のポケットに押し込んだ。
その動作をダルフェさんの緑の瞳が追い、剣から手を離した。

「分かりましたよ……ま、そういうことにしときましょう。陛下、俺はニングブック達の様子を見に行ってきます。溶液濃度を確認してきますよ、オフは雑ですからねぇ~。ヒンデリンが一緒だとしても、溶液に関しちゃあいつはド素人ですし」

振り返って、竜帝さんにそう言い。

「じゃあね、ハニー。姫さん、‘母様’を頼むね?」

竜帝さんの返事を待たず。
カイユさんと私にウィンクをして、廊下へ続く扉から早足で出て行ってしまった。


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