四竜帝の大陸【青の大陸編】
「忘れろと? りこのお願いといえど、無理だ」

ハクちゃんは右横にあった本をとり、膝に置いた。

「りこと過ごした今までも。りこと過ごすこれからも」

左手の人差し指で、真珠色の爪で表紙を一筋なぞり。
私を見ていた金の眼に、ゆっくりと目蓋が落ちた。

目元を飾るのは真珠色の睫毛。
金の眼を閉じて、ハクは言った。
 
「我がりこのことを忘れるなど、無理だ」

なぜ。

「どんな些細なことも、記憶していたいのだ」

なぜ?
今ここで、それを言うの?

離れるのは少しの間だけなのに。
そんなこと、言われたら。

まるで。
もう、会えないんじゃないかって不安になっちゃうのに。

「……ハクちゃんは、ずっと私のことを覚えててくれるの? 百年経っても、千年経っても?」
 
訊けなかった。
私がいなくなったその先も。
私が死んだ、その後も。

ずっとずっと。
絶対に、私を忘れないでいてくれるのって……。

「……りこが我を忘れても。我はりこを、覚えている」

私がハクを?
貴方を忘れることなんて出来ない。

「私がハクを忘れるなんて、そんなことない……」

切ない想いにぎゅっと掴まれた胸の奥から、絞り出した言葉は。

「りこの場合、無いとは言えぬ」

ばっさりと斬られて、散ってしまった。

「ひど……い。なんでそんなこと言うのよ!? ハクは私を信じてくれないのっ?」

目の底が、熱くなった。

怒りではなく、悲しみで。


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