四竜帝の大陸【青の大陸編】
漆黒のレカサを貫く、透明なガラスの羽。
まるで人間共の好む天使という架空の存在のようだった。
だが、この旦那を見て天使と思う人間はいないだろう。

「……」

どうみたって、その逆の存在だ。
冷たいガラスの翼が羽ばたくのは闇がふさわしく、誘うのは楽園ではなく地の底にある煉獄。

「…………邪魔だな」

赤く染まり身体に張り付いた髪をうざったそうにはらってから、旦那はその背に突き刺さったガラスを無造作に左手で引き抜き、投げ捨て始めた。
同じ動作を5回。
その都度、磨きこんだ刃のようなガラスの破片……破片というにはでかすぎるそれが床に落とされると同時に、天から落ちた星のように煌めきながら、砕け散った。
赤く染まった星々が、地上に広がり陽に輝くさまは美しく……表情の無い見慣れた美貌を目にし、困惑と不安が湧き上がる。
旦那の目の前で。
姫さんはメリルーシェの皇女に何かされたはずなのに。
怒り狂って、半狂乱だっておかしくないのに。

「旦那? ……っ!?」

そこにはあるはずの怒りも、憎しみの色も何も無く。
黄金をくりぬいてはめ込んだような、無機質な冷たさ。
温度の感じられない凍てついた金の瞳は、俺を見ない。
その瞳が見ているものは自分の右手。

「なんでそんなもん、持ってるんですか!」

その右手が掴んでいるのは……。
 
「なんで皇女なんだよ!? 姫さんはどこです!?」

俺がそれを皇女だと判断したのは。
その干物が見覚えのあるドレスと、旦那が掴んだ痕が残る首をカバーするために俺が急遽用意した装飾品を身に着けていたからだ。
ミイラというより干物と言ったほうがいいその物体は、魔薬により能力以上の……限界を越えた術式を使った術士の行き着く姿。

「やっぱり、皇女は魔薬を……畜生っ! 甘ちゃんな陛下の言うことなんざ無視して、さっさと殺しちまえば良かったんだ!!」

赤の竜騎士時代に見たものと同じだった。
髪は硫黄色に変色し、縮れて頭皮に張り付き。
肌は魚の燻製のような色に変わり、骨に食い込む。
半開きの口からは枯れ枝のような舌が垂れ、瞳は干し葡萄のようにしぼんでいた。
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