四竜帝の大陸【青の大陸編】
咳き込み続ける王子の背を摩りながら、ダルフェは我に言った。

『とにかく、一度もどりましょうよ。陛下の来訪に合せてハニーが姫さんを起こすはずですし』

りこが起きる。
りこ。

目覚める時は側に居なくてはならない。
りこはこの世界に‘落とされた‘せいで‘不安定‘なのだ。
特に、眠りから覚めた時が……。

『帰る。りこのもとに』

――おはようって言ってね。

目覚める瞬間、りこの黒い瞳は絶望の色を滲ませる。
 
孤独。
<世界>を奪われたりこは、<世界>を憎んでいる。




『トリィ様! しっかりなさって! 今、医師を……』
『必要ない』

我は術式で寝室に移動し、寝台に歩み寄った。

『ヴェ、ヴェルヴァイド様』
『出て行け』
『……はっ、はい』

カイユには後で、話をしなければならないか。
面倒だが今後のことを考えると、必要なことなのかもしれんな。

『りこ』』

りこは寝台の上で小刻みに振るえ眼をきつく閉じ、両手で胸をかきむしり……。

『りこ』

我は頬に指を伸ばそうとして……触れる寸前、拳を握り耐えた。
寝台に上がり、触れぬように注意して覆いかぶさる。
我の身体は檻のようにりこを外界から遮断し、我の髪はりこの小さな顔を包むように流れ落ちていく。

『りこ。だいじょうぶだ。ゆっくりでいい……ゆっくりで』

我は竜体の時と同じようにりこの涙を舐め取り、味わう。
味覚を感じることのない我なのに、甘く感じる。
甘味を知らぬ我が‘甘い’と認識する。
不思議な感覚だ。

『りこ。息を……ゆっくりでいい』

涙……体液からの情報に安堵した。
大事には至っていない。
軽い混乱状態だ。
“壊れた”わけではない。

りこの中の<竜珠>よ。
我の<核>よ。

りこの魂を慰めよ。
嘆きの淵より、我のりこを引き上げよ。

『りこ。眼を開けて我を見ろ』

りこの濡れた目元が揺らぐ。

『りこ。我をその眼に映せ』

涙に溶けた黒い瞳に、我を。
我を捕らえ、囲い、奴隷にするがいい。

『りこ。我は全て、りこのものだ』

失った<世界>の変わりに。
りこには“全て”を。

「……ハクちゃん?」
『おはよう。りこ』
「おはよう。ハクちゃん」

 りこ、貴女に“全て”を。

「りこ。おは…よう?」
『あ、日本語! すごい!』 
「おはよう。りこ」
  
りこが笑ってくれるなら。

悪魔と呼ばれたとて、かまわない。



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