犬と猫…ときどき、君
「キミらさぁ、TPOを考えましょうね」
「……っ!!」
背後から突然聞こえたその声に、慌てて春希から離れて後ろを振り返った。
「なんすかもー。邪魔しないで下さいよ、イトコンさん」
「はー? 城戸はどうでもいいけど、胡桃に変な噂が立つのは耐え難い」
「そんな事より、自分の“イトコン”の噂を気にしたらどうですか?」
「ちょ、ちょっと」
知らぬ間に、真後ろに立っていたのは……聡君。
「一応ここ、“研究室”ですからね?」
「ご、ごめんなさい」
「はぁー……。うるせぇなー」
平謝る私とは対照的に、春希は面倒臭そうに溜め息を吐いて、パソコンデスクに腰を下ろす。
五年生になった私たちは、各々自分が興味のある研究室に所属して、卒論発表に向けて研究を始める。
私と春希が希望したのは病理学研究室で、そこは人気が高く、競争率も結構高い。
一年生からの成績順で割り振られるから、成績が悪いと興味のない研究を二年間もしないといけなくなったりするんだ。
自分たちの頑張りと、運もあって入れたこの研究室。
――でも。
「イトコンさんって、胡桃のストーカーかなんかですか?」
「は? 言ってる意味、わかんないけど」
「いっつも見張ってたみたいにいきなり出てくるから、そうなのかなーって」
「そんなくだらない事を言う暇あったらさぁ、さっさと無菌操作上手くなって下さいね~。城戸の培地、またコンタミしてたぞ」
私たちが使う“コンタミ”っていうのは、簡単に言ってしまえば、必要な培養菌の中に不必要な菌が混入してしまうこと。
それが起ると、実験が進められないんだけど……。
「……」
「あれじゃー、細胞培養出来ませんからねぇ? いつまで経っても、研究始められませんよ~?」
「……チッ!!」
五、六年生で編成される研究室にいた聡君。
いや、入る前から病理にいるのは知ってたんだけど。
春希はやっぱり聡君が苦手らしくて、それでもブツブツ言いながらも当然やりたい事を優先させて――その結果が、これ。
「ちょっと!! 春希も変なこと言わない!!」
「……」
「聡君も、春希だって頑張ってるんだから!!」
「……」
こんなケンカの仲裁までしないといけない私は、あなた達のお母さんか何かですか?