犬と猫…ときどき、君

大学に入って、六度目の春。

聡君が言っていた通り、一期上の先輩達と入れ替わりで入ってきたメンバーの中に、彼女がいた。


相変わらず、フワフワとした可愛らしい洋服が似合うなぁ……なんて、呑気に思っていた。



――だけど。


「ハルキさん!」

研究室に入って来て早々に、春希の元に駆け寄り、彼の名前を呼んだ松元さん。

気にしないようにと思いながらも、どうしたって耳に入るその声に、小さく息を吐き出した。


やっぱり嫌だな……。

そう思った瞬間、彼女に向けられた春希の言葉に、ほんの少しだけ泣きそうになってしまった。


「松元さん」

「え?」

「もうバイトの時とは違うから、下の名前で呼ぶのやめてくれる?」

「……っ」

静かに、淡々とした口調でそう言い切った春希の様子に、彼女が息を呑む。


それに対して、優越感だとか、可哀そうだとか、そういう感情は一切湧かなかったけれど。

思わず振り返ってしまった。

俯く彼女の頬は、赤く染まっていて、悔しそうに唇を噛みしめている。


「……」

――きっと彼女は、春希の事を忘れていない。

直観的に、それに気付いてしまった私は、しばらく彼女から目を逸らす事が出来なくて……。


一度瞳を閉じて息を吐き出した後、いつも通りの笑顔を浮かべ、

「そうですよねー! すみませんっ! 癖になっちゃってましたぁ!」

そう言った彼女と、春希の肩越しに目が合った。


「……」

何で私が、そんな目で見られないといけないの?


春希が彼女から視線を逸らした途端、私に向けられたのは、まるで睨みつけるような松元さんの視線。


でもね、私はそんな事で怯まないよ?


真っ直ぐその瞳を見据えると、それをスッと逸らされる。


「はぁー……」

こんな風に溜め息がもれてしまうのは、仕方がないよね。


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