犬と猫…ときどき、君
「芹沢さんっ!!」
暖房の入っていない、震え上がるほど寒い研究棟の廊下。
持っていたノートに視線を落とし、実験の考察をしながら歩いていたら、背後から切羽詰ったように私を呼ぶ声が聞こえて慌てて振り返った。
「仲野くん? どうしたの?」
「あのっ……俺、今からバイト行かないといけなくて」
「え? バイト?」
「遅刻しそうなんですっ!」
よっぽど時間に厳しいバイト先なのか、仲野君は私の前でワタワタと慌てながら、研究データの入っているメモリーと、春希の名前が書いてあるノートを差し出した。
「あの、これ城戸さんの借りてて、急いで返さないといけないんですけど……っ」
「あー、いいよ! 返しとくよー」
「すみません!! 助かります!! 城戸さんさっき、図書館の方に歩いて行ったみたいなんで……」
「わかったー。私も調べ物したいから、今から図書館行ってくるよ」
話しの途中で状況を理解した私は、それを受け取ると、仲野君に早くバイトに向かうように促した。
仲野君、学費以外のお金は、自分がバイトで稼いだお金で払ってるって言ったよね……。
「頑張ってね。あ、でも身体は壊さないようにね」
笑ってそう言った私を見て、仲野君は一瞬、ピタリとその動きを止めた。
「ん? 早く行かないとじゃないの?」
「あ……はい。すみません、お願いします」
少し歯切れ悪くそう言ってペコリと頭を下げ、足早に去って行く彼に少しの違和感を覚えながらも、まぁいいかと気を取り直して。
手元の二冊に増えたノートに視線を落とす。
「……」
あの日から数ヶ月が経って、結局あの時の事はあやふやになったまま、春希とは元の関係に戻っていた。
――“元に戻った”?
ううん……。
それはきっと、表面上だけ。
あれから春希は、ボーっとする事が増えた。
何か考え込み、溜め息混じりに、小さく頭を振る。
それに、家にいない時間が増えた気がする。
少し前は、マコや周りが呆れる程、いつも一緒にいたのに……。
「はぁー……。いかん、いかん」
頭をブンブン振って、マイナス思考を吹き飛ばす。
もうすぐ卒論発表だってあるのに、こんなんじゃダメだ。
気を取り直した私は、仲野君が言っていた通り、春希がいるらしい図書館に向かって歩き出した。