犬と猫…ときどき、君
目の前で見開かれるその瞳は、やっぱり凄く綺麗で、思わず指を伸ばしてしまいたくなる。
「ずっと言えなくて、春希にも嫌な思いさせたよね?……ごめんね」
少しだけ笑う私の目の前で、春希の表情が小さく歪んで、大好きだったその綺麗な指先が、私の頬に伸ばされる。
“最後に一度だけ、触れて欲しい”
一瞬浮かんだその考えを、私はすぐに打ち消して……。
声が震えないように、お腹に力を入れた。
「松元さんと、付き合ってるんでしょう?」
「……っ」
「よかったね」
「胡桃」
――やめてよ。
「胡桃って……呼ばないで」
お願いだから、
「もう一生、“くるみ”なんて呼ばないで」
これ以上、私を苦しめないで。
「旅行はキャンセルしたから。……勝手に、ごめんね」
春希の瞳が小さく揺れているのが、ここからでもわかる。
「じゃー……行くね。荷物は全部、送るから」
無理やり笑顔を作った私に、春希は一瞬その視線を下に落として、
「春希?」
最後に一度だけ呼んだ名前に、顔を上げた。
「ずっと一緒にいてくれて、ありがとう」
もうこれ以上、一緒にはいられないし、いちゃいけない。
最後までこんなに素っ気ない態度を取って、私はやっぱり、可愛くない女だよね。
静かに息を吐き出しながら振り返って、足を踏み出す。
“泣くな、泣くな”――そう自分に言い聞かせながら。
それなのに。
「胡桃っ!!」
振り向けないでいる私の腕を、春希が掴んだ。
「……」
春希。
私、もうよくわからないよ。
春希が好きなのは、誰?
松元さんでしょう?
そうだとしたら……。
「……しないで」
「え?」
「もう私に優しくなんかしないでっ!!」
もう、放っておいて。
お願いだから、構わないで。
「胡桃……っ! ちゃんと話させろよ!!」
私の腕を掴んだまま上げられた春希の大きな声に、周りにいる学生達が何事かと振り返る。
「――っ」
ダメ。
春希、ダメだよ。
「“みんな”が……見てる!!」
「……胡桃?」
「ごめんなさい」
一瞬力が緩んだ春希の手を、私は思い切り振り払って駆け出した。