犬と猫…ときどき、君
「城戸ー?」
「あー?」
篠崎との電話を無理やり切った瞬間、扉から胡桃がひょっこりと顔を出した。
「城戸、午後も表で診察して」
「オペの助手は?」
「胡桃、ボーっとしてるから、今日は俺が入るよ」
彼女の横から、そんな言葉と共に顔を出したのは、もちろん及川さん。
ふ~ん。
そうですか、そうですか。
まぁ確かに、彼氏と別れて精神的に疲れてるなら、俺より及川さんとの方がオペもしやすいんだろうけど。
しかも俺、さっき追い討ちかけたしな。
「あっそーですか。了解しました」
頭を掻きながら立ち上がった俺に、
「ごめんね」
何故か小さく謝った胡桃。
そんな風に、謝るなよ……。
「別に謝る事じゃねぇだろ。確かに助手の方が楽だけど。さっさと終わらせて、表に出て来て下さいねー、医院長」
笑いながら自分を冷やかす俺を見て、一瞬ホッとした表情を浮かべた胡桃は、「そういうこと言うと、ちんたらオペするよ?」と勝ち誇ったように笑った。
――篠崎。
心配しなくても、俺達は“上手くやってる”よ。
「じゃー、もうオペ始めちゃうから、あとヨロシク!」
「はいよー。一人淋しく頑張りますよ」
ヒラヒラと手を振った俺に、少しだけ頬を緩ませて、及川さんと一緒にオペ室に向かう胡桃。
その後ろ姿に、俺は一瞬フラッシュバックを起こして……。
脳裏に蘇るのは、
あの時の、胡桃の背中。
俺の手を振り払って走り去った、あの背中だ。
あの時、無理やりにでも追い掛けていたら、どうなったんだろう?
今よりも悪化したか?
それとも、好転した?
「んなもん、分かるワケねぇよな」
何が可笑しいのか、漏れた笑いを噛み殺して、俺はゆっくりと伸びをした。
「しっかし、よく晴れてんなー……」
伸ばした指の先にある空は、イヤミなくらい真っ青で。
こんな日は、いつも決まってこめかみの辺りがズキズキと痛む。
「あー、痛ぇ……」
もうずっと続いているこの頭痛は、きっとこれからも治まることはなくて、あの日抱えた秘密と一緒に、これからもずっと俺の中で生き続けるんだ――……。