犬と猫…ときどき、君
及川さんは、きっとこれを知った上で自分が胡桃を追い掛けたんだ。
恋愛云々よりも、そうしないと、ますます胡桃が叩かれると思って……。
分かってる。
及川さんが正しいよ。
――だけど。
「俺だって胡桃のこと」
“守りたい”――今更だけど、そう思う。
「何してんだよ、俺は……っ」
あの日、胡桃に“どこにいたのか”と聞かれて、咄嗟に吐いた嘘。
許される事じゃないのは、わかってる。
だけど、キスまでの事だったら、きちんと話せば修復は出来たはず。
でも問題は、その後だ。
俺のどうしようもなく弱い心を、“あの女”は見抜いていたんだ。
そんな卑怯でバカみたいな自分を、胡桃に知られたくなくて、それを隠す為に吐いた嘘。
あの日、まだ少し火照って潤んだ瞳のまま、俺の目を真っ直ぐ見つめて、
“嘘、吐かない人がいい”
そう言った胡桃の、たった一つの願いさえ叶えられずに……。
俺は、その信用を失ったんだ。
俺の事を、信頼しきっていた胡桃。
“ホントの事を言ってくれるの、ずっと待ってた”
俺に別れを告げた胡桃の瞳は、もう諦めて、軽蔑を含んだような瞳だった。
あの日まで、胡桃は一体どれくらい苦しんだ?
様子がおかしいのを、及川さんに心変わりしているせいだと勘違いしていた俺は、胡桃から別れを切り出されるのが怖くて、逃げて、誤魔化してばかりいたんだ。
――胡桃のあんな悲しそうな瞳を見たのは、初めてだった。
ゴチャゴチャ言い訳をしたって、裏切ったのが俺だということに変わりはない。
“落ち着くまで、胡桃には構うな”
そう言った及川さん。
最初はどうしても胡桃と話しがしたくて、その忠告を無視して、何度か電話をかけたりした。
だけど胡桃が電話に出ることは、一度もなかったんだ。
いずれにせよ、胡桃の傍にはいられない。
今、胡桃の傍にいるべきなのは……俺じゃない。
だったらそれを利用して、俺に出来る事だってあるはずだ。
まるで自分の気持ちを落ち着けるように、空に向かって息を大きく吐き出して。
俺はポケットから携帯を取り出すと、メモリーから篠崎の名前をさがし出し、通話ボタンを押した。
「――もしもし? 篠崎、ちょっと頼みたい事あんだけど」
胡桃はきっと、こんなことは望まない。
だけど俺は、こんな事でしか、胡桃を守る術を持たないんだよ。