犬と猫…ときどき、君
「春希が俺に頼み事なんて珍しいな。いつもは、俺が頼み倒しなのに」
閑静な住宅街に建つ豪邸。
その二階の一室に俺を通し、家政婦さんに煎れてもらったコーヒーを口にした篠崎は、無邪気に笑った。
だけどさ、そんな笑ってもいられないんだよ。
「悪いけど、そんな楽しい頼み事じゃねぇんだわ」
俺の表情から何かを読み取ったのか、スッとその笑いを引っ込めた篠崎の手元に、自分の携帯を差し出した。
「……何だ、これ」
そうだよな。
普通の神経してる人間なら、そう思うよな。
苛立ちを露わにして、一気に険しい表情になった篠崎を眺めながら、俺はゆっくりと息を吐き出す。
「頼み事は、三つ」
「……随分多いねぇ」
俺の“頼み事”を大体理解したんだろう。
目の前の篠崎は、少し困ったように……だけど、どこか楽しそうに笑ったんだ。
「一つ目は……そのサイトを監視して、胡桃と、その周りの人間の書き込みを片っ端から消して欲しい」
「……」
「もちろん、俺も常に見とくけど……」
「春希、IT系弱いもんねぇ」
クスクスと笑いながら、目の前でコーヒーを飲み続ける篠崎は、信じられないくらいパソコンに強い。
時々、それはヤバいだろって事にまで手を出していたりするけど、こいつは人の為にしかそんな事はしないから……。
だから、それを知ってる親しい奴らも、それに関して何も口を出そうとはしない。
本人も、別にやりたくてやってるわけじゃないのは分かってるから。
篠崎がそういうことに手を出すのは、誰かを助けたり、守ったりする時限定。
“まぁ、パソコンのお勉強になるからいいんだけど〜”
なんて言いながら、いつものようなヘラヘラした笑顔を浮かべ、見えない相手に容赦ない攻撃を仕掛ける。
「うっせーよ。で、二つ目」
「おー」
こんな事、本当は篠崎に頼みたくないんだけど……。
俺の力じゃ、どうしようもないんだ。
「このサイトを、ぶっ潰して欲しい」
「……また随分と物騒だねぇ、ハルキュン」
口にする言葉とは裏腹に、やっぱりどこか楽しそうに笑う篠崎を見ていると、フッと、気の抜けたような笑いが漏れてしまう。
「最後、三つ目は……そのサイトの管理人を捜して欲しい。多分、大学関係の奴だと思うんだ」
その目を真っ直ぐ見据えて口にした言葉に、頬杖を付いたまま俺を見上げる篠崎は“フーッ”と、溜め息とも取れる、長い息を吐き出した。
「ん~……」
そのままゆっくりと立ち上がり、ノートパソコンを手に戻ってくると、テーブルの上でそれを起動させる。