犬と猫…ときどき、君
波のように、何度も押し寄せる後悔。
それに胸がギリギリと痛む度に思い出すのは、あの図書館の空気。
――シンと静まり返った館内。
窓から見える真っ青な空が、あまりにも綺麗で。
“胡桃が見たら、喜びそうだな”――なんて。
そんな事を考える俺の耳に、やっぱり好きになれない松元サンの声が響く。
「ハルキさん、本当に芹沢さんと及川さんを見ていて、何とも思わないんですか?」
俺の真っ正面に立って、上目遣いでそう言い放つ。
「だって、あんなにいっつも一緒にいて……。おかしいじゃないですか」
俺の苛立ちに気付いていないのか、それとも気付いた上でなのか。
悪びれる様子もなく、さっきと同じ言葉を繰り返した。
「あのさ」
「はい!」
「何回も言ってるけど、下の名前で呼ばないでもらえる?」
やっと俺が反応を示したことに喜んで、バカみたいに嬉しそうな声を上げる彼女に、俺は視線を向ける事なく、そう告げた。
「でも……っ!!」
――まだ言うのかよ。
あまりのイライラに、また大きな溜め息が漏れる。
「ハッキリ言うけど、アンタと話してると、すげぇ不愉快な気持ちになる」
「……っ」
その完璧な笑顔が、一瞬歪むのが分かった。
「胡桃と及川さんの事を誰から聞いたのか知らねぇけどさ、アンタには関係ないだろ?」
「……」
俺のその言葉に、松元サンの表情がスッと変わる。
さっきまでの、作ったような笑顔を引っ込めて、今度は潤んだ瞳で俺を見上げ、小さく呟いたんだ。
「だって私……ハルキさんの事、本当に好きなんです」
「――っ」
それと同時に、伸ばされた腕が首に絡まり、その唇が、抵抗する間も無く俺の唇に重なった。
――馬鹿か、コイツ。
悪いけど、それ以外の感情なんてなかった。
ほんの一瞬の出来事のはずなのに、さっきから浮かぶのは胡桃の悲しむ顔ばっかりで……。
ごめんな、胡桃。
心の中で小さくそんな言葉を呟いた後、目の前のそいつの後頭部に手を添えて、俺はさっきよりも強く、唇を押し付けた。
「……っ」
その感情も湧かないキスに、驚いたように肩を震わせた松元サン。
そんな彼女から、ゆっくりと身体を離した俺の口から零れ出たのは、自分でも驚くほど低い声だった。