犬と猫…ときどき、君
「これで満足?」
「……え?」
まだ事態を掴めず、目を見開く彼女に、俺はもう一度口を開く。
「満足したなら、もう付きまとうな」
「……」
「胡桃意外とキスしたって、何も感じねぇよ?」
「……っ」
これで、十分。
もうこいつだって気付くだろう。
……そう思った。
そうだよ。
ここで終わらせれば良かったんだ。
そのまま、何も話しを聞かず、研究室に戻っていれば良かったんだ……。
何も口にしないまま、まるで睨み合うように対峙する俺達。
もう話しても無駄だと思い、振り返って出口に向かおうとした。
その瞬間、図書館の冷たく張り詰めた空気を切り裂くように、電子音が響いた。
「……すみません」
悔しそうな表情のまま、ポツリとそう呟いた彼女は、ゆっくりとその音の発信源の携帯を開く。
こんなの今更言ったって、ただの後付けになるんだろうけどさ、確かに感じたんだ。
胸騒ぎにも似た、変なざわつきを……。
だから俺は、その場に立ち止まったまま、携帯に視線を落とす彼女の様子を眺めていたんだと思う。
しばらくそれをじっと見つめ、何度かボタンを押した彼女は、ゆっくりと俺に視線を戻し、まるで何かを楽しむように笑った。
「ねぇ、ハルキさん。賭けをしませんか?」
「……は?」
何を言ってるんだ?
「ハルキさんは、芹沢さんのことを信じてるんでしょう?」
「……そうだな」
「だったら、問題ないはずです」
全く意味がわからない話の内容に、小さく舌打ちをした俺を見据え、彼女が口にしたのは……
「芹沢さんが誰を選ぶか、賭けをしましょうよ」
そんなくだらない言葉だった。
「意味わかんねぇんだけど」
“そんな事やる必要がどこにある?”――俺は、そう思っていた。
いや、“そう思おうとしていた”……か。
彼女は、俺のバカみたいに弱いその心に、気付いていたんだ。