犬と猫…ときどき、君
それから――……。
“噂なんて、すぐに立ちますよ”
そう言って、クスクスと笑った松元サンだったけど、それが耳に届いていないのか、胡桃は相変わらず俺の傍から離れる事はなかった。
だけどそれは“体”だけの話し。
今まで通り、胡桃のマンションで一緒に過ごしているのに、今まで以上にボーっとしている胡桃を見ていると、“心”はもう離れてしまったんじゃないかって。
俺は、そんな事ばかり考えていた。
胡桃がその時、独りで何を抱え込んでいたのかも知らずに……。
それでもやっぱり、その時の俺は、胡桃が傍からいなくなる事なんて想像出来ないし、したくもなくて、ニコニコ笑っているのに、時折なにか言いたげな視線を俺に向ける胡桃から、逃げ回っていたんだ。
だけど、気付いてしまった。
いっその事、気付かなければ良かったのに……。
“風邪気味だから”そう言って、キスを避けた胡桃。
まるで心の中を覗かせまいと、俺を避けるようにスッと逸らされた瞳と、何かを誤魔化すように浮かべられた作り笑い。
――胡桃のそんな表情を見たのは、初めてだった。
どんどん、どんどん、溜まっていく、鉛のように重たい何か。
それは呼吸が苦しくなる程に、俺の胸の辺りに沈んでいって、ジワジワと、俺を追いつめていく。