犬と猫…ときどき、君


「ねぇ! 勝手に抜けて平気なのー?」

お店を出てから、人のカバンをまるで人質みたいにプラプラ揺らして、私の少し前を歩く城戸春希に恨めしげな視線を送る。

自分で「来なよ」なんて言ったくせに。

私の問いかけには答えないし、カバンは返してくれないし。


「もー……」

半ば呆れたように、溜め息を吐いたその時。

「あんな煙いトコよりいいだろー?」

突然振り返った城戸春希は、楽しげに、そんな言葉を口にした。

「脱出成功」

「へ?」

「俺も煙草、ダメなんだよねー。服臭くなるし」

さっきまで、全然平気そうな顔をしてのに……。


「城戸君……煙草、ダメなの?」

「おー」

「男の子なのに、珍しいね」

「そうかぁ?」

頭の後ろで手を組んだまま空を見上げた彼は、そこにゆっくりと息を吐き出す。


「つーか“胡桃ちゃん”、ずっと息すんの我慢してただろ?」

「ナゼ……それを」

「だって、ずーっとタコみてーな赤い顔して、動かなかったし」

そう言った後、まるでからかうような口調になって、空に向けていた視線を私に移した。


「人間は、呼吸しないとダメなんだよ?」

「……」

そんなこと分かってますけど。

「ねぇ、」

「んー?」

「カバン返して」

だって、何だか手持無沙汰で落ち着かない。

私の一言に一瞬眉間にシワを寄せた城戸春希は、そのまま一歩近付くと“ほい”っとカバンを差し出して、噛み殺しきれなかった笑いを“くくくっ”と漏らしながら、また楽しそうに笑う。


「ここでいきなりカバンかよ! せっかくのタコの話、膨らませろよー」

「だって私、タコの顔ってあんまり見た事ないし」

「あっそ。やっぱり変な女」

“変”って……。
初めて言われたかも。

普通“変な女”なんて言われたら、ムッとするのかもしれないけれど、私の場合、人からそんな風に言われた事がなかったから何だか新鮮だった。

< 23 / 651 >

この作品をシェア

pagetop