犬と猫…ときどき、君
「ねぇ! 勝手に抜けて平気なのー?」
お店を出てから、人のカバンをまるで人質みたいにプラプラ揺らして、私の少し前を歩く城戸春希に恨めしげな視線を送る。
自分で「来なよ」なんて言ったくせに。
私の問いかけには答えないし、カバンは返してくれないし。
「もー……」
半ば呆れたように、溜め息を吐いたその時。
「あんな煙いトコよりいいだろー?」
突然振り返った城戸春希は、楽しげに、そんな言葉を口にした。
「脱出成功」
「へ?」
「俺も煙草、ダメなんだよねー。服臭くなるし」
さっきまで、全然平気そうな顔をしてのに……。
「城戸君……煙草、ダメなの?」
「おー」
「男の子なのに、珍しいね」
「そうかぁ?」
頭の後ろで手を組んだまま空を見上げた彼は、そこにゆっくりと息を吐き出す。
「つーか“胡桃ちゃん”、ずっと息すんの我慢してただろ?」
「ナゼ……それを」
「だって、ずーっとタコみてーな赤い顔して、動かなかったし」
そう言った後、まるでからかうような口調になって、空に向けていた視線を私に移した。
「人間は、呼吸しないとダメなんだよ?」
「……」
そんなこと分かってますけど。
「ねぇ、」
「んー?」
「カバン返して」
だって、何だか手持無沙汰で落ち着かない。
私の一言に一瞬眉間にシワを寄せた城戸春希は、そのまま一歩近付くと“ほい”っとカバンを差し出して、噛み殺しきれなかった笑いを“くくくっ”と漏らしながら、また楽しそうに笑う。
「ここでいきなりカバンかよ! せっかくのタコの話、膨らませろよー」
「だって私、タコの顔ってあんまり見た事ないし」
「あっそ。やっぱり変な女」
“変”って……。
初めて言われたかも。
普通“変な女”なんて言われたら、ムッとするのかもしれないけれど、私の場合、人からそんな風に言われた事がなかったから何だか新鮮だった。