犬と猫…ときどき、君

それは――……。


「沖縄かぁー」

沖縄旅行のパンフレット。


あぁ、ダメだ。

こんな事を思い出すなんて、本当に嫌になる。


“サザンクロスが見たい!”


一瞬頭に浮かんでしまったのは、私の願いを叶えてくれると言った、今よりも少し幼い城戸の顔。


バカみたい。

もう何年も前に交わしたその約束が、いつまでも心に残っているのは、きっと叶える事が出来なかったものだから。


そうじゃなければ、きっと思い出したって“そういえば、一緒に行ったなぁ”とか、多分、そんな風にしか思わないはず。


「暖かいし、確かにいいかもー!」

「松元さん」

「はい?」

「ごめんね。私そろそろ戻らないと」

目の前で、楽しそうに笑う松元さんに、私は上手く、笑えているんだろうか。


「じゃーこれ、ハルキさんに渡しておいて貰えますか?」

「え?」

思ってもみなかった松元さんの一言に、私は思わず視線を上げ、戸惑いの言葉が口をついて出た。

だけど、そんな私に構うことなく、彼女はパンフレットを一つにまとめて封筒に入れ、目の前に差し出したんだ。


その瞬間香ったのは、あの頃と同じ、甘い匂い。


「会った時に渡せばいいんですけどー、早く渡したくて!」


無邪気に笑う彼女に、私は何て言葉をかけたんだろう?


――胃が、ムカムカする。


「……っ」

彼女がにっこりと笑うたびに、体の中に溜まっていくドロドロとした何か。


いやだ……気持ちが悪い。


会話をしているのに、それが上手く頭に入ってこなくて。

気が付いた時には、A4サイズの封筒を冷たくなった手に握りしめていた。


彼女は笑って帰って行ったから、きっと私は上手く笑えていたはず。

だけどとにかく、気持ちが悪い……。

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