犬と猫…ときどき、君
「ごめん、マコ。あとお願いしていいかな?」
「へっ?……え!? ちょっと、どうしたの!?」
検査室で、血液塗末のプレパラートを整理していたマコが、慌てた様子で私に駆け寄る。
「顔、真っ青だよ!?」
「ごめん……」
「“ごめん”じゃなくて!!」
「ちょっと、気分悪いだけ。先上がるって城戸に伝えといて」
「……」
「お願い」
「……わかった」
向けられるマコの心配そうな瞳から逃げるように、足早に検査室を後にした。
バカみたい。
昔の事で、こんなに取り乱して……。
「ホント、バカみたい」
医局に戻って、電気も点けずにその場にしゃがみ込むと、寄りかかったロッカーがひんやりと冷たくて。
「はぁー……」
手の平を額に当てれば、さっきの吐き気が少しだけ退いていく気がした。
「……」
ゆっくりと立ち上がり、手に持っていた封筒をそっと城戸の机の上に置く。
「もう、関係ないじゃん」
小さく呟いたはずのその言葉が、薄暗い医局に自棄に響いた。
上げた視線の先には、お昼に上げたブラインド。
今日は、三日月かぁ……。
ゆっくりと窓辺に立った私は、窓の外の三日月に、一瞬瞳を奪われてしまった。
藍色の空に浮かぶ、まるで猫の爪痕のような、細い月。
――何でかな?
何であんなに、胸が痛んだのかな。
微かに震える呼吸と、滲んだ視界。
頼りなさ気な三日月を見上げたまま、私は静かに、ブラインドを下ろす。
今朝、城戸がそうしたように、ゆっくりと。
「早く帰らなきゃ」
城戸が上がって来る前に、早く。
だって、自分でもよくわからないけど、今は苦しすぎて、城戸の瞳を、真っ直ぐ見られそうにない。