犬と猫…ときどき、君
その声を聞いた瞬間、思い出したのは、あの真っ黒な瞳。
「……っ」
息を呑んだ私は、小さく軋んだ胸の辺りに手を当てる。
――私、どうしたんだろう。
「もしもし? 聞こえてる?」
「う、うん」
「今どの辺?」
「もうちょっとで、大学」
「ふーん」
この電話の意図が分からない私は、一体何を話したらいいのかが分からなくて、言葉に詰まってしまって。
二人の間に流れた、僅かな沈黙の時間。
「えっと、どうしたの?」
やっとそう口にした私に、あなたは言ったんだ。
「家着くまで、切らないで」
「え?」
「これでも一応、心配してるんですよ」
「……」
「さっきは、思い切り拒否られましたけどー」
そんな事を言いながら、わざとらしく大きく息を吐き出して、おどけてみせる。
「拒否したわけじゃないもん」
「わかってるよ」
つい本音を漏らしてしまった私に落とされた、笑いを含んだあなたの言葉に、また胸が不思議な音を立てる。
その溜め息交じりの優しい声が、
「あんた、人に甘えんの苦手そうだもんな」
「ごめん」
「別に謝る事じゃねーだろ」
言葉が、
「でも、電話は切るなよー」
「……うん」
私の鼓動を、どんどん加速させる。
「城戸君は?」
「んー?」
「今、どこ?」
「……店の前」
さっさとお店に入ればいいのに、外でわざわざ、こうして電話をかけてきてくれたんだね。
「……」
「どうした?」
「あのね、」
「おー」
こんな事、言ってどうするんだろう。
だけど、無性に伝えたくなってしまった。
「今度は送ってもらう」
そんな私の言葉を聞いて“ふはっ”と笑ったあなたは――……
「“胡桃ちゃん”、意外と我儘だな」
その言葉とは裏腹に、何故か嬉しそうに笑っていた。