犬と猫…ときどき、君

城戸の気遣いは、心臓に悪い。

私はこっそり、ぎゅーっとなった胸の辺りに手を当てた。


いつもいつも、いっつもそう。

それに気付かない人だっているでしょ?――っていうくらい、知らないところで動いている。


恩を着せようとか、自分を良く見せようとか、そういう、大抵の人が持っている“ずるさ”が、城戸にはない。


「俺、冷やー」

城戸がメニューを今野先生に手渡したタイミングで、私も視線を逸らす。

だって私、今自分がどんな顔してるか分からない。


「オッケー。あとは鍋と、適当に何か頼んでいい?」

「おー。あ、ゲソ天も」

「ゲソ天?」

「……」

「“美人院長”の好物だもんなー?」


店員さんに渡されたお手拭きで手を拭きながら、城戸は私に視線を移して、からかうように笑う。

だけどね、こっちはそれどころじゃないんですよ。


今まで、二人っきりではないにしろ、みんでご飯を食べに行く事はあって、だけど城戸がこうやって私の好物をわざわざ頼むのは初めての事。


だから、「食うだろ?」と少し首を傾げながら、訊ねた城戸に、

「食べる」

私はまた、不貞腐れたように、可愛げない返事をしてしまったんだ。


もう、本当に嫌になる。

だって、どう反応したらいいの?

普通にしていればいい?

これを“気まずい”と思う、私がおかしいのかな?


実は最近、よく思うんだ。

きっと、城戸と私のこの反応の違いは、“忘れている”か“忘れていないか”の差なんじゃないかって。


城戸との事を忘れているって、そう言い張る私は、本当は昔の事を全然忘れられていなくて……。

それは好きとか嫌いとかじゃなく、昔の事を、まだ“想い出”として消化しきれていないんたっていう意味で。


逆に城戸は、もう“昔の事”として割り切っていて、だから平気であの頃の事を口に出来るのかもしれない。


あーあ。

せっかくの“初福岡”で、“初水炊き”だったのに。

それに気付いてしまった私の心は、さっきよりも、ほんの少しだけ重たくなる。


だけど、城戸はこういう空気に敏感だから……。


「城戸こそ、イチゴミルク頼まなくていいのー?」

「は!? 何お前、あんな甘ったるいの好きなの?」

「そうなんですよ、今野先生ー。信じらんないですよねー」

「芹沢、コノヤロー。バラすなよ」


それなら私だって、平気な振りをする。

それくらい、私にだって出来るんだから……。


目の前で、楽しそうに笑い合う二人。

それを見て、私は城戸には何も覚られなかったんだと、一人胸を撫で下ろした。

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