犬と猫…ときどき、君

――お店に入って一時間とちょっと。


「でさぁ、その時コイツ、何て言ったと思う?」

「えー……何だろ?」

「今野! マジやめろって!!」

「“ここはマダム・サロンじゃないんで、終わったらとっとと帰って下さい”だぞ?」

「うわぁー、最悪。もっと歯に衣着せようよ」


城戸が言った通り、今野先生は凄くいい人で、面白い人だった。

すっかり打ち解けた私達は、城戸の有り得ない昔話で大盛り上がり。


「聞けよ芹沢!! だってな? あのババァ共、診察終わってんのに、三時間も待合いで喋り続けてんだぞ!?」

「“ババァ共”とか、二重にサイアクー」

「なぁー」

「待て待て! これ聞いたら、お前もそう言いたくなるって!!」

「何よー?」

「あいつら、弁当持参してんだぞ!? 待合いで、弁当広げ出すんだぞ!?」

「そうそう。しかも、重箱のな」

「何でお重!? ゴージャスすぎるからっ!!」

必死に言い訳を続ける城戸と、からかいながら相槌を打つ今野先生の掛け合いが面白すぎて、笑い続ける私は、もう息も絶え絶え。


「もうやめてー! お腹痛すぎる!!」

「お前、ホントよく笑うよなー」

「えー、そう? 普通じゃない?」


目の端に溜まる涙を拭いながら城戸に視線を向ければ、目が合った瞬間、片眉を少し下げ、その綺麗な瞳を細めて笑う。


その笑顔が“昔と変わらないなぁ”なんて、一瞬思ってしまったけど、私はそれにも気付かない振りを決め込む。


――だけど、それが崩れるのは……本当に簡単。


「今野先生、何か頼みますか?」

誤魔化すように、今野先生の前にメニューを差し出した、丁度その時。


~♪~♪♪~♪~

個室に響いた、携帯の着信音。


それは城戸と一緒にいる時に何度か聞いた事がある、着メロでも何でもない、ただの機械音。

その音を聞くといつも、何故か胸にモヤモヤとした何か込み上げる。


ポケットから取り出した携帯を静かに開いて視線を落とす城戸は、小さな溜め息を吐いたあと、

「悪い」

一言だけ口にすると、立ち上がって襖を開け、部屋の外に出て行った。


「彼女かな?」

「え……?」

「ん? 城戸の電話」


さっきよりはマシになったものの、まだ少しだけ胸の辺りがモヤモヤする。

それを鎮めたくて、烏龍茶を飲もうと伸ばした私の手が、今野先生の言葉で、ピタリと止まってしまった。
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