犬と猫…ときどき、君

「俺、酔っ払いに手は出さないから大丈夫」

「……っ」

どうしてこんな風に、いちいち思い出すんだろう。


「ん? どうした?」

「ううん。何でもない……」

「そう? あ、もしかして手ぇ出されたかった?」

「何言ってんの。冗談ばっかり言ってないで、食べ物のメニュー見よう!」


――“酔っ払いには、手ぇ出さない主義”。


あの夏の日、私が初めて城戸に抱かれたあの日。

城戸は酔っぱらった私にそう言って、優しいキスを落とした。


思い出したのは、噎せ返るような緑の匂い。

まだ建てられたばかりの、バンガローの木の匂い。


「はいはい。じゃー俺だけ飲んでやる」

「どうぞー」

目の前で笑う今野先生は、一体どんな気持ちで、私とこうして会っているんだろう?


松元さんよりも、私の方がいいと言ってくれた今野先生。

だからと言って私を恋愛対象として見ているのかと言ったら……どうなんだろう?


きっと、あんな風に連絡先を聞いてきてくれたんだから、少しは好意を持ってくれてはいるのかもしれない。

もしそうだとしたら、今の私が、こうして今野先生に会っていていいのかな?


城戸から離れたくて、城戸の事を考えたくなくて。

先に進む為に、今野先生のことを利用している?


「……」

そうじゃないって思ってるけど、100%言い切れるのかと聞かれたら、自信がない。


今野先生の事は嫌いじゃないし、凄く素敵な人だと思う。

いつかこの人を、好きになったりするのかな……?


「何考えてる?」

「え?」

「眉間に皺寄せて、難しい顔してるから」

「あ、ごめん……」


思わず考え込んでしまった私に、少し笑いながら首を傾げる今野先生は、

「深く考えなくていいよ?」

まるで私の思考を読んだかのような、そんな曖昧な言葉を口にした。


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