犬と猫…ときどき、君
「あれ? 芹沢先生、頬っぺた腫れてません?」
次の日、午前中だけでもう通算五度目のオーナーからのその言葉に、私は苦笑いを浮かべた。
「あー……。ちょっと歯を抜いたら、大変な事になっちゃって」
なんてのは、もちろん嘘。
「えー! 痛そう!」
「あ、でも見た目ほど酷くはないので」
出来れば嘘なんて吐きたくないけど、本当の理由をオーナーさんに話すわけにはいかないし。
「はぁー……」
診察を終えてオーナーを見送った後、その扉を後ろ手に閉める私の口から漏れ出た、大きな溜め息。
「ますます腫れてんじゃん。あの女、どんだけ馬鹿力なのよ。バカな上に馬鹿力とか、マジで最悪」
「……」
マコが、腫れた頬を少しでも隠そうと思って下ろしていた私の髪を手でよけて、顔を顰める。
当たり前だけど、殴り合いのケンカなんてした事がなかった私は、ヒリヒリと痛む頬をそのままに、冷やす事もせず眠ってしまって。
それで、朝鏡を見て心底ゲンナリ。
そもそも、こうして髪を下ろしたのも失敗だった。
「あれ!? 胡桃先生珍しー! 髪下ろしてるー」
そう言って、朝から元気よく駆け寄って来たアニテク三人娘。
だけど一人ピンときたらしい、昨日あの場に居合わせたサチちゃんが、私の顔を覗き込んで拳をフルフル震わせながら言ったんだ。
「頬っぺた、凄い腫れてるじゃないですか!! あの女……!! 胡桃先生の綺麗な顔を殴るなんて、許せないっ!!」
しかも、そこにタイミング悪く城戸が出勤して来て、もう最悪。
アニテク三人娘が、驚いて私の頬を見つめたまま立ち尽くす城戸を責め立てて、朝から病院の雰囲気も悪くなってしまった。
本当に、マコの言う通り。
私と城戸の関係も、私と松元さんの関係も知らない彼女達にとって、松元さんはただの“城戸の彼女”。
そのせいで、みんなが私の肩を持つような状態になってしまった。