犬と猫…ときどき、君
――頼むから。
「胡桃」
「……っ」
「聞いていい?」
こんな事をしていいはずがない。
俺には、こんな事をする資格もなくて。
だけど、そっと触れてしまった、その痛々しい頬。
「ごめん。気付けなくて、悪かった」
そう口にした瞬間、泣きたくなった。
なぁ、胡桃。
俺のこと、責めてくれよ。
目一杯責めて、いっその事、嫌いになったって構わないから。
それで、あった事とか、ムカついた事とか、全部全部俺にぶちまけてくれたらいいのに。
――本当にそう思う。
だけど、そう思った瞬間に胸が重くなるのは、自分の卑怯さに気付いてしまうから。
胡桃にそんな事をさせて、きっとそれを、胡桃ときちんと向き合う取っ掛かりにしたいだけなんだ。
こうして胡桃を、自分の腕の中に閉じ込めて、
「頼むから……っ」
こんな言葉を吐く俺は、どれだけ身勝手で弱い人間なんだろう?
あの時、守るって決めたのに……。
「ちょっと!! 城戸……っ」
それなのに、結局こうして、胡桃を苦しめている。
――だけど、どうしても。
「胡桃」
離したくないんだよ、胡桃。
こんなに好きになれる女は、胡桃しかいない。
「城戸……」
その体を離そうとしない俺に、胡桃がもう一度、声をかけた瞬間だった。
胡桃の背後のドアが、小さく音を立てた。
ゆっくりと、凭《もた》れかかっていた胡桃の肩から顔を上げると、そこには……。
「今野」
目を見開いて立ち尽くす、今野の姿があったんだ。
胡桃を、迎えに来たのか?
だったら、この手を離さないといけない。
離して、俺はこの場を去らないと。
そうしないと、いけないのに。
「何か用か?」
バカみたいにわざとらしい自分の言葉に、吐き気がする。
“約束があるから、迎えに来た”――そう言われれば、気が済むのか?
それとも胡桃に突き放されれば、気が済む?
大切だと想っている胡桃よりも、友達の今野よりも……結局優先しているのは、自分自身。
ホント、何してんだよ。
自分に呆れて、嫌気がさして。
早く胡桃を、開放しないと。
そう思った俺の目の前の机に、今野は小さな箱を静かに置いた。
そして、ただ一言だけ。
「これだけ渡したくて。芹沢先生、誕生日おめでと」
そう告げると、静かに俺に笑いかけ、医局を出て行った。