犬と猫…ときどき、君
「……」
どういう事だ?
胡桃と今野は、今日会う約束をしてたんじゃないのか?
頭が混乱して、一瞬考え込む。
だけど、目の前に置かれたプレゼントと、“おめでとう”――そう言った今野。
ボーっとする俺の視界には、今野を追おうとする胡桃の後ろ姿が映っていて、それがあの日の胡桃の背中と重なる。
本当は、ずっと後悔していた。
あの日、何で胡桃を追いかけなかったんだろうって……。
あれが、今俺を苦しめている、総ての嘘の始まり。
及川さんに止められたとしても、追いかけて、あった事を話すべきだったんじゃないかって……ずっとずっと、心に引っかかっていた。
――後悔は、もうたくさんだ。
そう思うのと同時に、一瞬握りしめた指先を、俺の腕をすり抜けた胡桃に伸ばし、
「胡桃!!」
強くその腕を掴んで、もう一度自分の腕の中に閉じ込める。
俺は今、松元サンと付き合っていて、胡桃もそれを知っていて。
こんな事をして、いいはずがない。
だけど、どうしても……。
何度も何度も、“嫌だ”と呟く胡桃の震える声を聞く度に、胸がギリギリとしめつけられる。
「お願い、離して……」
「胡桃」
“胡桃”。
胡桃は自分に似合わないって言っていたけど、俺は大好きなんだ。
口にする度、愛しいって……そんな風に思える名前なんて、そうそうない。
――だけど。
小さく嗚咽を漏らす胡桃を、開放しないと。
「胡桃」
これを聞いたら、きっともう、こんな風に名前を呼べなくなってしまうから。
だから、もう少しだけ。
「今野が好き?」
もう少しの間だけ、その名前を呼ばせて。
今野の名前を出した途端、胡桃はまたボロボロと大粒の涙を零す。
ごめんな――……。
これが最後。
胡桃を困らせるのは、これが最後だから。
「じゃー、一個だけ答えて?」
「……」
「今野が置いて行った箱と、俺が置いたこの箱……」
答えなんて、決まってる。
「どっちかしか受け取れないとしたら、胡桃はどっちを受け取る?」
でも、優しい胡桃は、きっと答えない。
だけどそれってさ、俺と今野が、胡桃の中では同じ位置にいるって事だろ?
そうだとしたら……。
やっぱり身を引くのは、俺だよな。
そんなの、分かりきってた事だろ。
“諦めないといけない”
強く思っているのに、胡桃は、一瞬机の上の二つの箱に視線を落とし、今にも泣きそうな表情で、首を小さく横に振った。