犬と猫…ときどき、君




次の日、スクリーンを使うために薄暗くされたセミナー用の大きな会議室で、私は城戸の目元に指をさし、口を開いた。


「何ごと?」

「あ?」

「ソレ。何で、眼鏡してんの?」

部屋の電気が暗くなるのと同時に、城戸がカバンから取り出したのは、セミナーの概要と、ノートと筆記用具。

それに、紺縁のメガネだった。


「何か、昨日から目ぇいてーんだよ」

「……そうなんだ」

いつもはコンタクトをしている城戸の、眼鏡姿を見るのは久しぶり。

常に一緒にいたあの頃は、家に帰ればコンタクトを外すから、城戸は眼鏡でゴロゴロしていて……。


見慣れていたはずのその姿は、いつの間にか“見慣れない城戸”になっていた。


松本さんのお祖父さんがトリを務めるこのセミナーは、他の演者の人も十数人いて、二日に分けて最新の研究の結果や今後の治療への活用法の話をする。


薄暗い部屋の中、城戸はスクリーンに映し出されるパワーポイントの画像を見つめながら頬杖を付く。


別に、城戸は城戸だし。

意識するところなんて、微塵もない。

はずなのに……。


「……何?」

その横顔を盗み見していた私に、前を向いたままの城戸が小さく声をかけた。


「さっきから、チラ見しすぎなんですけど」

そう口にして、頬杖のまま視線を私に向ける。


「べ、別に見てない」

いや、見てたけど。


「ふーん」

明らかに疑いの眼差しを私に向けたまま、何度か頷いた城戸は、「あー、わかった」と、フッと笑って言ったんだ。


「今野に似てる?」

「……え?」

「メガネかけると似てるって、前の病院いた時もよく言われてたんだよ」

そう口にして、もう一度笑った城戸は、視線を真正面に戻す。


確かに、最初は少し雰囲気が似てると思ったけど、今はそんな風には思わない。

城戸は城戸で、今野先生は今野先生で……。


「代替品を盗み見するくらいなら、本物の隣に座りゃいいのに。二人でメシ食いに行ったりしてたんだろ?」

城戸のその言葉が、冗談だってことは分かってる。


「まさか、今更恥ずかしいとか言うなよ?」

「そういうんじゃ……ないから」

ポツリと口にしたその声は、あまりにも小さくて、城戸に届いたのかさえも定かじゃない。


「篠崎も来るし、午後からは今野のとこ行ってきたら?」

「……考えとく」

どうして……。

どうして城戸の言葉で、私の胸は、こんなに痛むんだろう?

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