犬と猫…ときどき、君


昼休みを一時間挟んで始まった午後の部。

私の隣には、相変わらず眼鏡をかけた城戸の姿。


篠崎君は予定通りの時間に会場に到着して、城戸は私に“どうすんの?”みたいな視線をよこしたけど、そんな視線は思いきり無視してやった。

だって、今野先生の所にいく意味が解らないし、そもそも、城戸をチラ見してたのだって、それが理由じゃないんだもん。


だから、この長テーブルに腰かけているのは篠崎君と城戸と私の三人。


頬杖をついてスクリーンを見つめる私の隣では、篠崎君と城戸がノートを使って何やらコソコソと密談中。


――なによ。

私に聞かれて困る事なら、別の所でやってよねー。


なんて、ちょっと唇を尖らせる私だったけど、私は私でちゃんと考えないといけない事もあるから……。

せっかく来たセミナーなのに、なかなか集中できなくて、口から大きな溜め息が零れてしまう。


そんな私のノートの端に、何かを書き込み始めた人が一人。


【でけぇ溜め息。ますます幸せ逃げるぞ】


――は?

一体誰のせいだと思ってるの……って、違うか。


私だ。

こんな事態を招いたのは私だから、自業自得か。


隣の城戸に視線も送らず、両肘をついたまま、両手で頬を包み込む。


そんな私をしばらく眺めていた城戸は、

【夜にゲソ天食わせてやるから、元気出せ】

それだけ書くと、やっと目を合わせた私をフンッと笑って、視線をスクリーンに戻した。


もう、本当に嫌になる。

だって、ここに来てから、色んな事が気になりすぎる。


変わらない城戸の癖とか、懐かしく思える眼鏡姿とか、相変わらず角ばったその文字とか、隣でペンを握る綺麗な指先とか、真っ直ぐ前を見据える、その真っ黒な瞳とか……。


全部、全部。

“どうしてこんなに”って、自分でも思うくらい、目がそこに向いてしまう。


また今日も、夜は城戸と二人きりの部屋に泊まらないといけないのに……。


昨日三人でご飯を食べて、ホテルに戻って、「酔っ払ったからさっさと寝たい」と言って、先にシャワーを浴びた城戸の言葉は嘘だと思った。

だって城戸は“ザルでしょ?”ってくらい、お酒に強い。


城戸に続いてシャワーを浴びた私が部屋に戻った時、城戸はベッドでスヤスヤと眠っていた。

そりゃもー安心しきったような表情で、子供みたいに、スヤスヤと。


きっと城戸は、私に気を遣わせない為にそうしたんだ。

もしかしたら、タヌキ寝入りが、いつの間にかマジ寝に変ってしまったかもしれないけれど。


マジ寝をする城戸が、ベッドの横にしゃがみ込んで、その顔を眺めていた私になんて気付くはずもない。


私が一体どんな気持ちで、その夜を過ごしたのかなんて、きっと全然……知らないんだ。


< 405 / 651 >

この作品をシェア

pagetop