犬と猫…ときどき、君
昼休みを一時間挟んで始まった午後の部。
私の隣には、相変わらず眼鏡をかけた城戸の姿。
篠崎君は予定通りの時間に会場に到着して、城戸は私に“どうすんの?”みたいな視線をよこしたけど、そんな視線は思いきり無視してやった。
だって、今野先生の所にいく意味が解らないし、そもそも、城戸をチラ見してたのだって、それが理由じゃないんだもん。
だから、この長テーブルに腰かけているのは篠崎君と城戸と私の三人。
頬杖をついてスクリーンを見つめる私の隣では、篠崎君と城戸がノートを使って何やらコソコソと密談中。
――なによ。
私に聞かれて困る事なら、別の所でやってよねー。
なんて、ちょっと唇を尖らせる私だったけど、私は私でちゃんと考えないといけない事もあるから……。
せっかく来たセミナーなのに、なかなか集中できなくて、口から大きな溜め息が零れてしまう。
そんな私のノートの端に、何かを書き込み始めた人が一人。
【でけぇ溜め息。ますます幸せ逃げるぞ】
――は?
一体誰のせいだと思ってるの……って、違うか。
私だ。
こんな事態を招いたのは私だから、自業自得か。
隣の城戸に視線も送らず、両肘をついたまま、両手で頬を包み込む。
そんな私をしばらく眺めていた城戸は、
【夜にゲソ天食わせてやるから、元気出せ】
それだけ書くと、やっと目を合わせた私をフンッと笑って、視線をスクリーンに戻した。
もう、本当に嫌になる。
だって、ここに来てから、色んな事が気になりすぎる。
変わらない城戸の癖とか、懐かしく思える眼鏡姿とか、相変わらず角ばったその文字とか、隣でペンを握る綺麗な指先とか、真っ直ぐ前を見据える、その真っ黒な瞳とか……。
全部、全部。
“どうしてこんなに”って、自分でも思うくらい、目がそこに向いてしまう。
また今日も、夜は城戸と二人きりの部屋に泊まらないといけないのに……。
昨日三人でご飯を食べて、ホテルに戻って、「酔っ払ったからさっさと寝たい」と言って、先にシャワーを浴びた城戸の言葉は嘘だと思った。
だって城戸は“ザルでしょ?”ってくらい、お酒に強い。
城戸に続いてシャワーを浴びた私が部屋に戻った時、城戸はベッドでスヤスヤと眠っていた。
そりゃもー安心しきったような表情で、子供みたいに、スヤスヤと。
きっと城戸は、私に気を遣わせない為にそうしたんだ。
もしかしたら、タヌキ寝入りが、いつの間にかマジ寝に変ってしまったかもしれないけれど。
マジ寝をする城戸が、ベッドの横にしゃがみ込んで、その顔を眺めていた私になんて気付くはずもない。
私が一体どんな気持ちで、その夜を過ごしたのかなんて、きっと全然……知らないんだ。