犬と猫…ときどき、君
今野先生の事は、嫌いじゃない。
でも……。
戸惑いながら、逃げるように視線を逸らした私を、何がおかしいのか「あははっ!」と笑った今野先生。
「別に、だからと言って付き合ってとか、そういう事じゃなくてね」
「え?」
「とにかく俺は、そういう気持ちを持ってるから」
「……」
「だから、辛くなったら頼ればいいよ」
眼鏡の奥で細められたその瞳は、何だかお兄ちゃんが妹を見つめるものみたい。
「今野先生」
「ん?」
「お兄ちゃんみたい」
「は!? それ、ちょっとショックなんだけど」
さっきまで、あんなにもドロドロとしていた胸の中が、驚くほどに軽くなっていた。
「今野先生?」
「はー?」
「ありがとう。もう大丈夫!」
「……そっか。ならよかった」
やっと笑う事が出来た私の頭を、クシャッと撫でたあと、ホテルまで送ると言って、ズボンをパタパタと叩いて立ち上がる。
ホテル……。
今野先生のその一言に、また胸が少し重くなった。
城戸と同じその部屋で、私はどんな態度を取ったらいいんだろう?
きっと、さっきの仲野君とのやり取りを、城戸は見ていて……。
仲野君が作っていたというあのサイトが、城戸と私の歯車を狂わせる原因の一つだったのは確か。
それを、城戸に話すべきなんだろうか?
だけど……。
今更それを話して、何になるんだろう?
「……」
「どうした?」
「ううん。何でもないよ」
――きっと、話すべきじゃない。
そう思う私は、心のどこかで怖いと思っていたんだ。
やっと築き上げた城戸との今の関係を、揺るがしかねないその事実。
それを今更蒸し返すことを、怖いと思った。
それに、私が仲野君に抱いたような感情を、城戸には抱いて欲しくない。
「城戸と友達に、先に帰るってメールしとく」
今野先生にそう告げて、開いた携帯電話。
その画面を見て、動きが止まった。
「ごめん。何回も電話かけちゃったんだ」
「あ……ううん。ごめんね、心配かけちゃって」
動揺を覚られないようにそう口にした私の視線は、ある一点で止まったまま。
画面に表示されていたのは、一通だけ届いていた、未読メール。
送信者は、【城戸 春希】。
「どうした?」
「ううん。何でもない。ちょっと待っててね」
――何でもない。
その言葉とは裏腹に、騒ぐ心臓を抑えながら、ゆっくりとボタンを押して、メールを開く。