犬と猫…ときどき、君
「はぁー……」
城戸にキスをされた時、当たり前だけど動揺し過ぎていた私が、自分の荷物を持って部屋を飛び出せるはずもなく。
部屋を替わってもらった篠崎君に電話をかけたら、あろうことか、城戸が電話口に出た。
城戸は荷物を持って来てくれるって言ったけど、篠崎君は今日のセミナーのあとに帰ってしまうから……。
私はどうしたって、あの部屋に戻らないといけない。
部屋に戻るなんて言ったくせに、心の準備がなかなか出来なくて、電話を切ったあと、しばらくロビーのソファーでぼんやりしていた。
だけど、もうすぐセミナーも始まるし、行かないと……。
意を決して、立ち上がろうとした私の背後から、「おはよん」という、いつもの調子で私に挨拶をした篠崎君の声がして振り返る。
「おはよう。……昨日はごめんね」
「んー? 芹沢は悪くないだろ! 悪いのは、ハルキュンだっ!」
そう言って少しおどけて見せたけど……。
「――ってのは、冗談で」
「え?」
「ハルキュンも、イッパイイッパイなんだわ。だからって、許してやって」
篠崎君の表情は、どこか辛そうで。
どうしてだろう?
なんで私、泣きそうなんだろう……。
後になって思えば、きっとこの時すでに、心のどこかで、城戸と篠崎君の違和感に気がついていたんだと思う。
だけど、その時の私がそれに気付けるはずもなくて……。
篠崎君にもう一度謝罪の言葉を口にして、手を振って去っていくその背中を見送る。
「ふー……」
いつまでも逃げていたって仕方がないし。
エレベーターに乗り込んで、部屋がある七階のボタンを押す。
大きくなっていくオレンジ色の数字を見上げながら、私はただ、城戸に何を言えばいいのかばっかりを考えていた。