犬と猫…ときどき、君


震えだした息を、必死に押し殺す私の頭の中には、さっきから同じ言葉がグルグルと回っている。


ダメだ。これ以上はダメだ。

これ以上好きになったら……。


そう思うのに、あの星を見つけた瞬間、あなたがあの頃のように、その綺麗な瞳を細めて私を見つめるから。

繋いでいた手の温もりが、その真っ黒な瞳が、昔と全然変わらないから。


「……春希」

気が付いた時には、もう遅かった。


心を覆っていた薄い膜が、ポロポロ、ポロポロと剥がれ落ち、春希の困惑した表情が瞳に映っているのに、その愛しい名前を口にしていた。


困らせるって、分かってる。

こんな風に、涙を零さないように空を見上げたって、もう手遅れだってことも。


何も言わない春希が、ゆっくりと私に向き直る気配がして、思わず息を呑む。


自分のあまりに考えのなさに、今更焦りの感情が湧き出てきて。

――何か言って、誤魔化さないと……。

動かない頭で、そんな事を考え始めた時だった。


「本気で忘れようと思ってたのに」


聞こえたのは、巻き上がった風の音。

そしてそれに混ざる……あなたの声。


すぐには理解できなかったその言葉に振り向こうとした私の腕が、グイッとつかまれて、気がついた時には、温かくて懐かしい腕の中に抱きすくめられていた。


「胡桃」

耳元で囁かれたのは、どこまでも優しく響く春希の声で、それだけで心臓も頭もおかしくなる。


「胡桃」

「……っ」

昨日の夜も、一昨日の夜も上手に眠れなかったから、変な夢を見ているのかもしれない。


そんな風に思ったのに、もう一度静かに紡がれた、私の名前。

誤魔化せると思っていたし、誤魔化さないといけなかった。


――それなのに。

目の前の春希がその顔を小さく歪めながら、泣きたくなるくらい優しい声で私の名前を呼ぶから。


痛いよ、春希。


「春希……っ」

「うん」


ギュッと力を込めたその腕も、


「もうヤだ」

「……うん」


まるで、子供をあやすようなその声も、


「もう、イヤだよ……」

「ごめん」


残酷なほどに優しい、その心も。

全部が私の胸に突き刺さって、こんなに痛い。


泣きたくなんかないのに、あなたの腕の中でこんなにも大粒の涙を落とす私は、その目にどんな風に映るんだろう。


ねぇ、春希。

どうしたら、この胸の痛みを消す事が出来るのかな?

あなたは私の言葉意味を、どう理解して、「ごめん」と返事をしたの?

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