犬と猫…ときどき、君
耳元で聞こえていた鼓動が、さっきよりも少しだけゆっくりになった頃。
「寒い?」
頭上から落とされたその声で、自分が震えている事に気がついた。
それに小さく首を振って、うずめていた胸から、ゆっくりと顔を上げる。
「寒くないよ。温かい……」
嘘じゃない。
今野先生の腕の中は、すごく温かい。
それなのに、どうしてこんなに泣きたくなるんだろう。
顔を上げた瞬間、目の前にあったのは今野先生の少し茶色い瞳。
「……っ」
愛おしそう私を見るその表情に、一瞬キスをされるんじゃないかと思ってドキッとした。
そのすぐあとに胸がなんだか変な音を立てて――……。
だけど、今野先生はまるで私の気持ちを見透かすように、腕の中から私をそっと解放すると、フッと笑って言ったんだ。
「ホテルまで送ってく」
「え?」
「城戸も心配してるだろ」
今野先生の表情は見えなかったけれど、差し出された手を少し戸惑いながらも握ったら、小さな笑い声が聞こえた。
「なに?」
「いや、なんか手放したくない気持ちもわかるかも」
「……」
――それはどういう意味?
「何でもないよ」
首を傾げる私を振り返りながら眺めて、今野先生はホテルに向かってゆっくりと歩き始める。
「月、明るいな」
その言葉につられて天を仰げば、月が強い光を放っていて……。
「うん。ホントだね」
静かな光のはずなのに、監視されているような感覚に襲われて、手の平に、わずかに汗がにじむ。
手……。
春希と別れてから、今までだって、他の人とこんな風に手を繋いで歩いた事があったはず。
手の温かさも、手の平の厚みも、指の長さだって全然違う。
それを妙に強く感じてしまうのは、きっとここで、春希に近づきすぎてしまったからだ。
だけど、この手がいつか当たり前になって、ちょっとずつ春希との事を忘れていけたらいいと思った。
“今野先生とだったら”って、私は本気で思っていたんだ。