犬と猫…ときどき、君
「すっごい雨降ってきましたよー! もー土砂降りとかいうレベルじゃないですよー……」
聡君が倉庫に向かった数分後。
受付の裏のカルテ室でカルテの整理をしていたサチちゃんが、ゲンナリとした声を上げながらやってきた。
「そんなにすごい?」
診察室裏の準備スペースには窓がなくて、外の様子は全く分からないんだけど……。
そう言われて意識してみれば、耳に届く屋根に当たる雨音は、ザーザーというよりも“ドカドカ”という感じ。
「すごいなんてもんじゃないですから! カルテ室の窓割れるんじゃないかと思って、一人でビビってましたもん」
顔を顰めたサチちゃんに“獣医以外は早く帰らせた方がいいかなぁ……”なんて、考え始めた時だった。
「胡桃」
「聡君! ありがとー……って、あれ? ポンプは?」
診察室裏のスペースに聡君が戻って来たんだけど、何故か手ぶら。
「場所分からなかった?」
「……」
「聡君?」
私の問いかけに返事もせずに考え込む聡君の表情は、確実にいつもと様子が違う。
「胡桃」
「な……に?」
いつもよりも低い声のトーンにドキリとして、鼓動が少しだけ速くなった。
「篠崎の家の住所教えて」
「え?」
篠崎君……?
突然出された名前は、まさかこのタイミングで出てくるとは思っていなかった人の名前。
「えっと、なんで?」
「いや、確認したい事あるんだ」
本当は“確認したい事ってなに?”って、そう聞きたいのに、聡君が珍しく少しイライラしているから……。
「マコに聞いてくる」
これ以上深く追求は出来ないと思ったし、きっと今は何も話してくれない気がして、私はそのままマコの元に向かった。
「マコ、ちょっといい?」
「んー? どした?」
検査室でプレパラートの封入作業をしていたマコは、いつもと変わらない様子で振り返り、首を傾げる。
「篠崎君の家の住所、教えて欲しいの」
「へ? なにそれ。なんで透の家の住所?」
「よくわからないんだけど、聡君が教えて欲しいって」
「及川さん?」
事態をつかめていない私が、マコにきちんとした説明をする事が出来るはずもないんだけど……。
取り合えずあった事を話してみたら、案の定、マコも不思議そうな顔をしている。
それもそのはず。
聡君と篠崎君も同じ大学の先輩後輩で、大学の時はそれなりに付き合いがあったけど……。
今は、直接的な関わりは皆無に等しい。
「ごめん。取りあえず教えてくれる?」
「分かった」
歯切れ悪く返事をしたマコに聞いた住所をメモして、私は聡君の元に急いで戻った。