犬と猫…ときどき、君
「聡君、これ」
「ありがと。悪いんだけど、これから篠崎の家に行くから……。あとは城戸と何とか出来るか?」
「病院の方は大丈夫だけど、今から行くの? 雨すごいよ?」
「あぁ、ちょっと急ぎで聞きたい事があるんだ」
外は嵐のような天気なのに、こんな日に篠崎君の家に行ってまで聞かないといけない事って……。
どうしても、それがいい事じゃないような気がして不安になる私の頭を、聡君は、まるで安心させるように撫でる。
だけどその笑顔は、やっぱりどこか不自然。
「悪い。じゃー、あと頼むな」
「……うん。気を付けてね」
足早に去っていく聡君の背中に、なんとか口にした言葉。
よく分からないけど、嫌な予感がする。
ゴクリと飲み込んだ唾が、喉元で引っかかるようなその感覚が、すごく気持ち悪い。
――倉庫で何かあった?
だって、それ以外に要因が考えられない……。
ドクドクと音を立てる胸をグッと掴んで、ゆっくりと息を吐き出す。
「ごめん、サチちゃん」
「はい?」
「ちょっと倉庫行ってくるから、誰か来たら呼んでくれるかな?」
「あ、はーい! わかりました! 私も何か手伝うことありますか?」
「ううん、大丈夫。ありがとう」
元気に返事をしたサチちゃんに曖昧な笑顔を浮かべた私は、聡君がさっきまでいた倉庫に向かって歩き出した。
マコがいる検査室を抜けて、雨のせいでジメッとした空気が立ち込める廊下を進む。
廊下に面したガラス張りの中庭のタイルには、大きな水たまりが出来ていて、
「本当にすごい雨……」
そこに大粒の雨が叩き付けられる様子に、瞳を奪われて立ち止まった。
サチちゃんの言う通り、そこに降る雨は、お昼とは比べ物にならない強さ。
この辺りの電車は、大雨や風の強い日に運転を見合わせる事が結構ある。
みんなを早く帰した方がいいかもしれない……。
立ち止まったまま、ぼんやりとそんな事を考えていた私に、
「すげー雨だな」
少し離れたオペ室の出入り口から声をかけたのは、まだダークグリーンの術衣を着たままの春希だった。
「患者いるの?」
「ううん」
「……どうした?」
「何でもない」
何となく。
本当に“何となく”なんだけど。
さっきの聡君の事は、春希には言わない方がいいんじゃないかって、直感的にそう思った。
小さく首を振る私に、その表情を変えた春希は、きっと私が何かを隠している事に気付いている。