犬と猫…ときどき、君
息を飲む私の視線の先には、春希の肩越しに見える倉庫の入り口。
――でも。
「あの……ね。患者さんいないから、他の子達には上がってもらおうかと思って」
「……」
「一応、城戸にも確認してから帰そうかなって」
いつもはどっちかが勝手に判断して、勝手に帰らせているのに……。
こんなバレバレな嘘に、春希が気付かないワケがない。
「いいかな?」
「……いいんじゃねーの」
私に向けられる黒い瞳に、心の中を読まれるのが怖くて、視線を逸らして下を向く。
「じゃー、上がってもらうね。検査私やるし、マコも……」
笑顔を浮かべて、もう一度その顔を見上げると、絡まった視線に胸が苦しくなる。
だって、しょうがないじゃん。
私だってよく意味が分からないんだもん。
だから、そんな目で見ないで。
私を見据える瞳は、どこか悲しそうで、胸が痛くなる。
「じゃー、着替えたら表出るから。みんな帰えらせといて」
だけど春希は、私に何かを聞いたりはしなかった。
ただ少しだけ笑って、術衣を脱いで、それをオペ室の洗濯カゴに放りこむと、そのまま医局に向かって歩いて行った。
「はぁー……」
バタンと扉が閉まる音がした瞬間、体の力が抜けてしまって、雨が叩き付けられる窓に寄りかかる。
こんなに心臓の鼓動が速いのは、聡君の様子がおかしかった事を春希に伝えなかったから?
それとも、春希の瞳をあんなにも真っ直ぐに見つめたのが、あの夜以来だったから?
よく分からないけど、
「苦しいなぁ……」
胸が苦しくて、苦しくて。
気を抜くとこんな風に、少しだけ泣いてしまいそうになるから。
だから、困る――……。