犬と猫…ときどき、君
「ついに敵さんのボスと対決か」
二人からのいい返事をもらった俺は、自嘲的に笑いながら、出もしなかった不在着信の履歴から、その番号を呼び出す。
もちろん相手は、“松元 詩織”。
「……ハルキさん!? どうしたんですか!?」
電話の向こうで、ピョンピョンと飛び跳ねているんじゃないかと思うほど浮かれたその声に、呆れた笑いが漏れてしまう。
何か楽しい事でも期待してるみたいだけど、全然違うんだよ松元サン。
「話あるんだけど。時間作って」
「……え?」
「明日仕事のあと、家の近くまで行くから。勝手に調べた俺のメアドに、住所送っといて」
「……っ」
淡々と、ただ要件だけを口にした俺に何かを感じ取ったのか、電話の向こう側で息を飲む気配がした。
「わかりました」
だけど、返ってきた返事は、相変わらずどこか自信に満ちた声。
もうあの女に、手牌はないはずだろ……。
それは分かっているのに、胸にモヤモヤとした何かが広がる。
大丈夫。
こっちだって散々考えてきたんだから、抜かりはない。
取り合えず用件だけを伝えて、会う約束を取り付けた俺は、電話を切ると、そのままベランダに出て天を仰いだ。
ズキンと痛んだ頭と、まだ騒がしい胸を落ちつけたくて、深呼吸をして、そこに冷たい空気を送り込む。
これが終わったら、この頭痛も消えるのか?
こめかみの辺りをグリグリ押さえ付けながら、もう一度息を吐き出した。
あと、やらないといけない大きな事は……二つ? 三つ?
とにかく、それが徐々に減っていっている事は確かだな。
大丈夫。
きっと全部終わらせられる。
「話して分かってくれる相手ではなさそうだけどなー……」
あの女が素直に別れる気はしないけど、もう俺を繋ぎ止めておくものは何もない。
だけどどうしても、きちんと話しておかないといけない事がある。
情が湧くなんて事は無かったけど、それでも話してみたいんだ。
「さて、どうなりますかねぇ……」
目の前に広がる空が、晴れていてよかった。
うっすらと伸びる天の川に、ビカビカ光るベガとアルタイル。
それを見て想い出したのは……大学生の胡桃の笑顔と、沖縄で見た胡桃の泣き顔だった。
これが見えなかったら、また決心が鈍ってしまって、ズルズルと今の中途半端でも胡桃の傍にいられる状態を、続けたくなっていたかもしれないから。
「ムカつくぐらい綺麗な星だなー…」
そんな悪態を吐きながらも、小さく笑った自分に気付いた時に思ったんだ。
――こんな風に笑えるようになった。
それって、だいぶ進歩したって事じゃないのかな。