犬と猫…ときどき、君
「……おはよ」
「おー、はよ」
次の日の朝、いつもよりも早い時間に医局に着くと、ちょうど着替えが終わって白衣の胸ポケットにペンを放り込んでいる春希に出くわした。
「……」
「……」
もちろん、私たちの間に流れる空気がいつも通りのはずはない。
もしかして、私を避ける為に早めに来たとか?
でも、春希はいつも私よりも早く来てるから……そういうワケでもない?
いつもだったら、きっとここまで気にする事はないのに、今日はなんかダメだ。
手に持っていたカバンをギュッと握って、少しだけ俯いた時、
「ごめん」
ドアの前に立ち尽くしていた私の横を通り過ぎながら、春希はそう言って医局を出て行ってしまった。
「“ごめん”……か」
ねぇ、春希。
それって、何に対しての“ごめん”?
その言葉の意味さえよく分からないのに、たった一言が妙に胸に突き刺さって、気分が少し重くなる。
別に謝る必要なんてないのに。
むしろ、あんな時にタイミング悪く現れた、私の方が“ごめん”でしょ。
「はぁー……」
昨日の夜から、何度も何度も無意識に吐き出される溜め息は、もう癖みたいになっている。
エアコンの点いていない医局の空気は冷たくて、少しだけ、昨日の夜の空気を思い出してしまった。
大好きだった黒い瞳を見開く春希の表情と、その隣で幸せそうに笑う松元さん。
思い出したくなんかないのに、あの時の甘い香りがどうしても鼻の奥から抜けない。
――しっかりしないと。
一度目をギュッとつぶり、息をゆっくりと吐き出す。
ここは医療の現場で、診るのは大切な家族。
だから、ボーっとして仕事をするワケにはいかない。