犬と猫…ときどき、君
「……よしっ!」
私が、冷たいままの手の平で頬っぺたをペチペチ叩いて気合を入れた、丁度その時。
入院犬を連れた春希が、ランにお散歩にやって来て、そのまま着替えようとしていた私を見るなり顔を顰め、“ブラインド下ろせよ!!”と、ジェスチャーで私を叱る。
「分かってるもん」
でも、口を尖らせて窓に歩み寄った私に“しょうがねぇなー”って顔で、いつも通りの笑顔を向けるから。
少しだけ胸がキュンとして。
「……ムカつく。春希のばーか」
私に、そんな理不尽な悪態を吐かせる。
だって、そんな事をされたら嫌でも思い出してしまう。
ブラインドの下ろされた薄暗い医局で、春希に抱きしめられた時のこと。
それを、どうしても思い出してしまう。
キャミを着ただけの私の体を抱きしめた春希の体温は、すごく熱かった。
あの時、自分の気持ちに気が付いていたら、何か変わったんだろうか?
こんな風にたくさんの人を巻き込んで、傷付けて……。
そんな事を、しないで済んだ?
「なんて、分かるワケないか」
でも、もしもそれが分かっていたら、私はどうしたんだろう。
春希に気持ちを伝えていた?
「……」
分からないけど、伝えたってきっと同じ。
私を「好きだ」と言ってくれた春希が、一番好きなのは、松元さん。
それはきっと、変わらない――……。
結局、頭の中のモヤモヤは、ほとんどなくならないまま診察に入って、だから余計に疲れた。
頭がボーっとする分、いつもよりも集中しないと何か失敗をしてしまいそうで……。
「芹沢」
「……ん?」
「岡田さんトコのユウちゃん、乳腺のバイオプシー出そうと思うんだけど」
「あー、そうだね。その方がいいかも」
「……」
「なに?」
手渡されたユウちゃんのカルテを眺めていると、斜め上から視線を感じた。
顔を上げると、当然だけど、そこには私を見おろす春希の姿がある。
「どうしたの?」
「いや、別に」
「……」
“別に”なら、無駄に見ないでほしいんだけどな。
「じゃーそんなに見つめないで」
「は?」
「減るじゃん」
「……何が?」
「お肌のうるおいとか? 減りそうじゃない?」
「俺に聞くなよ」
こうやって、誤魔化さないと間が持たないなんて……。
私も春希も、何かおかしいよね。