犬と猫…ときどき、君
「何……これ」
少し冷たくなった指先。
ゴクリと息を飲んで、手元に視線を落とせば、そこにあるのは英語の文字が並ぶ書類。
「……」
どういうこと?
だって、コレって――……。
「勝手に見るなよ、えっちー」
「……っ」
突然真後ろから声がして、それが手の中からスッと抜き取られる。
ゆっくりと後ろを振り返ると、そこには困ったように笑う春希が立っていた。
「ね……何、それ」
静かな医局に、少しだけ震える自分の声が響く。
「……どういう事?」
だってそれって、アメリカの大学の募集要項でしょ?
「城戸、いなくなっちゃうの?」
「……」
声を震わせながら見上げると、春希は少しだけ眉間にシワを寄せて頭を掻いて、視線を逸らすと黙り込んでしまった。
もしかしたら、春希じゃなくて、誰か他の人の為に印刷したものかもしれない。
ただ、何かの参考の為に印刷したものなのかもしれない。
――でも……。
「城戸、何か言って?」
「……」
その沈黙は、きっと“いなくなるの?”という私の質問への、肯定を意味すもので……。
「私、なにも聞いてない!!」
「……芹沢」
「そんな大事なこと、どうしてちゃんと言ってくれないの!?」
確かに私はもう春希とはただの同僚だし、距離を置かれちゃうような関係かもしれないけど……。
これは違うよ。
だって、それだけの問題じゃないでしょう?
「ねぇ、城戸……。それって、私と距離を置くため?」
「……」
お願いだから、そんな顔をして、黙り込まないで。
何か言ってよ。
「黙ってたら分からないよ!!」
「芹沢」
ダメだ。
こんなこと言っちゃダメだって分かってるのに……。
「だって、どうして!? 城戸にとって、私ってなに!? 私は……っ」
「……」
「私は、仕事仲間としても春希の傍にはいられないの!?」
バカみたい。
閉じ込めたと思っていた気持ちは、所詮“思っていた”だけで……。
塗り固めた嘘は、こんな風に簡単に、ポロポロと剥がれ落ちてしまうんだ。
「芹沢」
「……っ」
“芹沢”。
大声を上げる私のものとは対照的に、静かに落とされた春希の言葉は、私の胸にザックリと突き刺さって、驚くほどの痛みを与える。
ホントに私、何を言ってるんだろう。
小さく震えてしまう指先をギュッと握って、視線を足元に落とす。