犬と猫…ときどき、君
「ねー……やっぱりちょっと、恥ずかしいかも」
そう言ってオズオズと見上げると、今野先生はフッと笑って、「どうして? 別に普通の事でしょう?」と飄々と口にする。
あれから、家まで車で迎えに来てくれた今野先生に連れられて、水族館までやってきたんだけど……。
「だって、私もうすぐ三十歳だし」
「俺も同じ歳だけど?」
「……」
「なに?」
本人もそう言ってたし、私も薄々気づいてはいたけど……。
「今野先生って、ホントに意地悪だよね」
「えー、心外だなぁ」
そう言って、私を辱める原因になっている、繋がれた手をブンブンと振った。
「だって、この歳で手を繋いで歩くとか……何か恥ずかしい」
「年齢って関係ある?」
「分かんないけど、何となく“年甲斐もなく”って思われそう」
「あははっ! まぁ、気にしないで」
水族館に着いて、前もって買ってくれていた入場券を今野先生から戸惑いながら受け取って、大きな水槽の前でゆったりと泳ぐ魚を見つめていたら、手が温かいものに包まれた。
少し驚いて隣に視線を向けると、キラキラ光る水槽に少し目を細めて、さっきまでの私と同じように魚を見つめる彼がいた。
そして、小さく笑って言ったんだ。
「デートなんだから、これくらいはいいでしょ?」
それに少し笑いながら頷いて、私はまた水槽に視線を戻す。
最近は、腕を組んで歩くことはあっても、手を繋ぐことってほとんどなくて……。
全然違うはずのその手の平に、やっぱり春希を想い出してしまった。
指を絡めて繋ぐ、いわゆる“恋人繋ぎ”は、別れるっていうジンクスがあるとか、そんな似合わない事を笑って言って……「でも、俺達には関係ないけど」って。
――あのジンクス通りになっちゃったね。
「ねぇ、今野先生?」
「ん?」
「この繋ぎ方すると、別れるっていうジンクスあるらしいよ」
「何だそれ!」
「だから……どうせ繋ぐなら、こっちの方がいいかも」
絡めていた指をほどいて手を繋ぎ直した私に、今野先生はメガネの奥の瞳を一瞬大きくする。
「ちょっと意外」
「何が?」
「芹沢先生って、そういうジンクスとか信じないほうだと思ってたから」
「んー……そうだね。でも、何となくこれだけはね」
起ったことを、ジンクスのせいにするのって、一種の逃げなのかしれないけれど、このジンクスだけは、どうしても心の中に引っかかったまま。
頭の中から消えないんだ。