犬と猫…ときどき、君
それから、イルカのショーもアシカのショーも、ペンギンのショーまでフルコースで見て、水族館を出た頃にはもう夕方になっていた。
「楽しかったー!」
「俺もー」
伸びをしながら大きく息を吸い込むと、足元に散らばるオレンジ色の葉っぱの匂いで胸がいっぱいになる。
少し前まで香っていた金木犀の匂いはいつの間にかもうしなくなって、足元の落ち葉が、もうすぐ冬が来ることを告げていた。
「だいぶ寒くなってきたな」
「うん。この前、雪虫みたよ」
「おー。じゃー、そろそろ雪降るかもな」
空に向かって吐き出された今野先生の息は、その場の空気を少しだけ白く染めて、ゆっくり上に昇っていく。
それをボーっと見つめていた私の目の前で、今野先生がゆっくりしゃがみ込んだ。
「ネコだ」
その視線の先には、草かげからジーっとこちらの様子をうかがうミケネコが一匹。
「おいで。……エサはないけど」
笑いながらネコに向かって手を伸ばした今野先生は、しばらくそこで格闘したあと、一向に近寄ろうとしないネコちゃんに諦めて私を見上げた。
「やっぱりネコ使いには程遠いか」
「なにそれ!」
「城戸」
「……え?」
――春希?
突然出されたその名前に、鼓動が少しだけ速くなる。
「あいつ、うちの病院にいた頃そう呼ばれててさ。何でか分かんないけど、俺達に懐かない暴れネコでも簡単に手なずけちゃうんだよ」
「……そうだったんだ」
「だから何となく、芹沢先生と城戸の関係を知った時、それを思い出した」
「それって、私が暴れネコってこと?」
「んー、まぁそうなるか」
「ひどっ!! 私おしとやかだけど」
それにまた笑った今野先生は、きっと作り笑いを浮かべている私の頭をポンポンと叩いて、にっこりと笑った。
「大丈夫。俺も頑張ってネコ使いになる予定だから」
そしてゆっくりと立ち上がると、戸惑う私にまた言葉をかけたんだ。
「さて、リハビリはこれくらいにして、飯でも行きますか?」
「“リハビリ”?」
それは一体……。
言っている意味がイマイチ解らなくて、首を傾げた私を見て、ほんの少し困ったような笑顔を浮かべた今野先生。
「城戸は俺の大切な友達だし、きっと芹沢先生にとっても大切な存在だと思うから、あいつの話を避けるのは嫌なんだ」
今野先生は、どこまでも大人で……。
「だからこうして、普通に話せるようになるまで、時々城戸の話をしよう」
「……うん」
「よし! じゃー何食うか決めよ」
私には勿体ないくらい、人に対して誠実な人。