犬と猫…ときどき、君

着替えを終えて施錠をして、外に出ると、吐き出す息が真っ白になるくらいに冷えていた。


「うー……寒ぃなー」

「ねー。また今日の夜も雪らしいよ」

「マジかよー。車のエンジン温まるの遅くなるから怠いんだよなぁ」

文句を言いながら車のキーを開けた春希に促されて助手席に乗り込んだ私は、シートに体を沈み込ませる。

何回目かのそのシートは、フワフワで心地よくて、こっそりお気に入りだったりするんだ。


「……お願いします」

「へーい」

乗る度に思うんだけど、春希の車は意外と綺麗。


「車、綺麗にしてるよね」

「部屋は汚いけどな」

「それは――」

“知ってる”って、そう言いそうになって、ハッとして……。


「残念だね」

「何だそれ」

よく分からない言葉を、平静を装いながら繋げたら、いつものように“くくくっ”と笑われた。


だって、あの頃もそうだった。

普段はそんな事はないんだけど、テスト期間とか、論文の追い込みの時期とか、生活が忙しくなると春希の部屋はどんどん汚れいく。

それが自分の部屋だけじゃなくて、私の部屋にまで広がってくるから、いっつも文句を言いながら一緒に片づけをして……。


早番も遅番も守らずに、いつも私よりも早く病院に来て、遅くに帰る春希の今の生活に、余裕があるワケがないもん。

だから、春希の部屋が汚れているのだろうという事は、容易に想像がついてしまった。


そう考えると、私って本当にどれだけ春希に甘えているんだろう。

きっと春希は物凄く疲れていて、それでもそんなの全然表には出さなくて……。


そんな春希の“留学”という願いを、私はやっぱり受け入れて、応援してあげないとダメなんだろうと思った。


道路に積もった雪の上を、対向車がバシャバシャという音を立てながら走っていく。

そのライトを目で追いながら、小さな溜め息を吐いた時だった。


「今野に連絡した?」

「……え?」

「いや、今野」

「あー、まだだった」

ボーっとしていた私に、「すぐ送ってくから、今のうちに連絡しとけ」と声をかけて笑った春希。

車とすれ違うたび、ライトに照らされるその横顔に、少しだけ見惚れてしまう。


「……」

――なに考えてんの、私。

自分の邪《よこしま》な思考にこっそりと頭を振って、カバンから携帯を取り出す。


今野先生、今野先生……あ、あった。

着信履歴の上から四番目にあったその名前にカーソルを合わせて、通話ボタンを押す。


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