犬と猫…ときどき、君

「言っとくけど、この辺時間つぶせるような場所ないから」

「だからって……っ」

こんな勝手に。


「それ言ったらお前、絶対今野のマンションの入り口で待ってるとか、ありえないこと言い出しそうだし」

「……」

「ほらな?」

図星を突かれて言葉に詰まった私を見て、勝ち誇ったように笑った春希に、唇を尖らせて……。


「だったら、俺んちで待ってた方がまだマシだろ」

きっとそういう事だろうと思ってはいたけれど、実際にそれを口にされたら、心臓が小さく跳ねて、すごく動揺している自分に気が付いた。


別に部屋に行ったところで、何が起きるワケでもないんだけど。

それでもやっぱり、色々考えてしまう。


“今野先生は嫌がらないかな”とか、“松元さんは怒らないかな”とか。


モヤモヤと考え込む私の頭上には、まるで私の様子を観察するみたいな春希の視線が注がれていて、それがまた私のドキドキを加速させるから困る。


どうしよう。

今野先生は、きちんと理由を話せば大丈夫だと思うけど。


「外にいたら風邪ひくだろ」

「え?」

「玄関まででもいいから、入って待ってろよ」

五階に到着して扉が開いたエレベーターの中、顔を上げると困ったように笑う春希がそこにいる。


「……うん」

私が小さく頷いたのを確認すると、等間隔にライトが設置されている廊下を自分の部屋に向かって歩きだした。

そして、一番奥の角部屋の前まで来ると、手に持っていた鍵をドアのカギ穴に差し込む。


黙ったままの私の目の前でゆっくりとそれを回すと、静かな廊下に“カチャン”という、小さな金属音が響いた。


「はい、どーぞ」

「……お邪魔します」


センサーが反応してライトの点いた玄関に、一歩だけ足を踏み入れて、やっぱり少し後悔した。

だって、当たり前だけどそこは“春希の部屋”。


一気に強くなった彼の香りに、胸がギューッとなって、息苦しささえ覚える。


「玄関も意外とさみーな」

春希は壁のキーケースに鍵をかけながら、ゆっくりと後ろを振り返った。


「持ってくるから、ちょっと待ってて」

「分かった」

頷く私をその場に残して廊下を歩いて行く背中に、聞こえないように溜め息を吐いた私は、もう一度携帯を取り出す。


だけどその待ち受け画面は、さっき電話を切った時のまま。

不在着信もなければ、新着メールもない。


やっぱり急患かな?

いつも電話やメールに気付けば、比較的早く折り返すなり、返事をするなりしてくれる今野先生だから、きっと抜けられないオペでも入ったんだろう。


うーん、どうしようかな。

この辺の最寄りの駅って、若葉台駅って聞いたけど、歩いて辿り着けるかな?


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