犬と猫…ときどき、君


少し頭を整理して落ち着いた私は、コーヒーまみれの服を脱ぎ捨て、浴室のドアを開いた。

そこは全身に鳥肌が立つくらい冷えてる。

「……」

だけど、小さく身震いをしながらシャワーの蛇口に手を伸ばしたところで、思わず笑ってしまった。


「ここに置いてあったのか」

蛇口の奥にある、擦りガラスの嵌め込まれた小さな出窓。

そこに置いてあったのは、さっき片付けの時に私が手にした本の表紙にあった、小さな謎の植物だった。


「可愛い葉っぱ」

蛇口をひねって、シャワーが温かくなるのを待ちながら、それに手を伸ばしてそっと撫でる。

ハート型にも見える、小さな葉っぱ。


春希っぽくないその植物に、何となく、松元さんが置いた物なのかもしれないって、そう思って……。

春希の低い声に、表情を強張らせた彼女の顔を思い出して胸が痛んだ。


冷え切った浴室に、モクモクと立ち込めた白い湯気。

熱いシャワーを頭からかぶると、洗い流されたコーヒーが、茶色いお湯になって排水溝に吸い込まれていく。


その様子をぼんやりと見つめながら、やっぱり口を吐いて出るのは溜め息ばかり。


初めて入った春希の部屋で起きたたくさんの事に、頭が痛くなりそう。

松元さんと春希のケンカの原因を作ったり、なぜかシャワーを浴びていたり、一体何をしているんだろう。


整理しきれない状況に、頭を振ってシャンプーのポンプを押した私は、またそこでハッとする。


――どうしてこんな事を憶えているの?


髪の毛につけて泡立てたそれは、私が大学生の時に使っていたシャンプーで、「俺もこれがいい」って……春希がマネをしたもの。


まぁシャンプーなんて、気に入った物を使い続ける人が多いし、そんなに深く考える必要もないんだけどさ。

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