犬と猫…ときどき、君

「ごめん、お待たせ」

ドアが開くのと同時に聞こえたその声に顔を上げると、そこには当然、今野先生がいたんだけど。


「……どうした?」

「え?」

スッと変わった表情と、その低い声に息を飲んだ。


「何でそんな格好してるの?」

「あ……」

服は明らかに私の物ではないし、未だに乾かない髪を見たら、数十分のうちにシャワーを浴びた事は明らか。


「それ、城戸の服?」

「あ、あのね……」


そっか……。

ちゃんと説明をしないと。


そう思うのに、何故かシドロモドロになって、言葉に詰まってしまう。


「今野ー、コーヒー飲んでから行くか?」


今野先生から少し遅れてリビングに戻って来た城戸は、状況が掴めずにキョトンとした後、私と今野先生の空気の異変に気付いて顔を顰めた。


「どした?」

「悪い、城戸。今日は帰るわ」

「……そっか」

そのやり取りを、どうすればいいのか分からず眺めるだけの私に、今野先生の視線が落とされる。


「胡桃」

「……え?」


“胡桃”?

初めて今野先生の口から、その言葉を聞いた。


「荷物は?」

「え?」

「荷物」

「……これだけ」

私が持ち上げたのは、小さなカバンと、コーヒーまみれの服が入った袋。

それ掴んだ今野先生は、そのままもう片方の手で私の腕を掴んで立ち上がらせる。


あぁ、そうか。

私はホントに……。


「今野」

きっと城戸だって、今野先生の気持ちに気づいている。


「城戸、また明日ね。服も洗濯して返すから」

「……あぁ」

でも、ちゃんと自分の口で、今野先生に説明しないと。

そうしないと意味がないし、それが筋だと思うから。


「今野先生」

「……」

「嫌な思いさせてごめんね」


城戸の部屋を出て少し歩いた辺りで、腕を掴んでいた今野先生の手が私の手をギュッと握り直す。

その行動に、胸が酷くしめつけられた。


静かなエレベーターの中で口にした私の言葉は、きちんと今野先生に届くんだろうか。

分からないけれど、きちんと話さないと。


「明日、耳鼻科のオペがあるって言ってたでしょ?」

「……あぁ」

よくやってしまうんだ。

口にしないと、きちんとした気持ち伝わらないって、そう思うのに。

相手が、自分を理解してくれていると思う人であればあるほど、それをサボってしまう。


口に出さずに、全てが伝わるとか、理解してもらえるだとか……。

そんな、傲りにも似た感情を抱いてしまう。
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