犬と猫…ときどき、君
「それのテキストを、城戸が家に持ってっちゃってて」
「……」
どれだけ信じて貰えよるかは分からないけれど、それでも私は、今野先生と一緒にいるって決めたから。
だから、ちゃんと話して、ちゃんと分かってもらいたい。
城戸がどこまで話してくれていたのかも分らなかったから、もしかしたら重複した部分もあったのかもしれないけれど。
私があった事の全てを話し終えたのは、マンションの駐車場に停めてあった今野先生の車に乗り込んで、しばらく経ってからだった。
「……ごめん」
エンジンをかけても、走り出していない車内の空気はまだ冷たくて、今野先生は申し訳なさそうにその瞳を細めて、私の肩にフワフワの小さなブランケットをかける。
「ううん。私が悪いの。今野先生の気持ちも考えずに……。これからはこんな事しないから。だから、ごめんなさい」
助手席で深々と頭を下げた私の頭のてっぺんを、今野先生はその大きな手で優しく撫でて、言ったんだ。
「あのクソ女……」
「えっ!?」
ク、クソ女!?
珍しく暴言を吐いた彼が指す“クソ女”って言うのは、私にコーヒーをかけた松元さんの事だとは思うんだけど……。
「俺の“ファースト「胡桃」”を返せ」
頭を抱えて、恥ずかしそうにそんな言葉を口にするから、思わず笑ってしまった。
「城戸にも謝んなきゃなぁ」
項垂れる今野先生は、ヤキモチなんて妬かないんだろうって勝手に高をくくっていた。
ヤキモチなんて妬かない大人の男の人で、春希と私の間に起こる全ての事を理解して、許してくれるんじゃないかなんて……どこかでそうに思っていたんだ。
本当に私は、しょうもない人間。
――でもね?
「ごめん」
「ん?」
「意外な一面が見られて、ちょっと嬉しかったかも」
クスッと笑った私に向けられる彼の顔は、もういつも通りの大人びた笑顔。
「さて、遅くなっちゃったけど、ゴハンどうしようか?」
「うーん……。この格好じゃどこにも行けないから、今野先生の家で何か作って食べたいかも」
「そっか。そりゃそーだよな。じゃー、あるもので適当に済ませちゃおう」
そう言って車を走らせ始めた彼の横顔を、私は温かくなった胸のまま眺めていた。