犬と猫…ときどき、君

その日を境に、病院の雰囲気が少し変わってしまった。

スタッフもどこかボーっとすることが増えたし、溜め息を吐く回数が多くなった気がする。


入口に“閉院のお知らせ”を貼ると、色んなオーナーさんに何度も理由を聞かれた。

だけど、どうしても春希の留学の為の閉院だとは言いたくなくて、「私の力不足で」と口にして、頭を下げ続けた。


それは、春希を思ってのことだったのか、それとも、自分のプライドの為だったのか……。

どちらにせよ、そうするのが一番だと思った。


マコがいて、ミカちゃんとサチちゃんとコトノちゃんがいて、春希がいる。

そんな当たり前の毎日が、あと数ヶ月で終わってしまうなんて、なんだかすごく変な気分だったけれど、それでも時間はどんどん過ぎていった。


気が付くと、周りの空気が少しずつ温かくなり始めて、積もっていた雪も解けてしまって……。


二つだった医局の空席は、三つになった――……。



「大丈夫か? 俺もう少しだったら来る時間増やせるけど」

いなくなってしまった春希のデスクに座る聡君の言葉に、私は笑いながら頭を振る。


「ありがとう。でも大丈夫! 患畜の転院の手続きもほとんど終わって、数も減ったし」

「そっか」

「うん!」

気遣ってくれる聡君にもう一度笑顔を向けて、窓の外のランに視線を移した。


黄色のポカポカとした光に照らされた無人のランを見ると、やっぱりまだ胸が苦しくなる。


あの柔らかい光に目を細める春希を思い出して、

「……っ」

どうしても、胸が痛んでしまうんだ。


「胡桃」

「ごめん……っ」


こんなのおかしい。

今野先生は変わらず私の側にいてくれて、すごく好きになっているはずなのに……。


それでも時々、酷い焦燥感にかられてしまう。


春希がいなくなってから、突如湧き上がるようになったその感情に、胸を掻きむしりたくなって、まるで何かを自分に言い聞かせるみたいに、携帯を手に今野先生に送るメールを作る。


そんな自分が、大嫌い。


「ごめんね……聡君……っ」

ボロボロと涙を零すと、聡君は表情も変えずにジッと私を見据えるから、心の中を覗かれるのが怖くて、瞳を逸らして下を向いた。

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