犬と猫…ときどき、君
私の言葉に、まるで何かに観念したように笑った篠崎君は、一度立ち上がって本棚まで歩き、そこにあった小さな箱から折りたたまれた紙切れを取り出した。
「これはコピーだけど」
目の前にスッと差し出されたそれは、私が見たことのなかったリースの契約書。
だけど……。
どうしてこんな所に、あの人の名前が?
何枚かにわたって、細かい文字がびっしり並ぶその書類の途中。
うっかりしたら見逃してしまいそうなところに書かれたその名前に気が付いたのは、私が彼女に対して特別な感情を持っているからだと思う。
そうじゃなければ、きっと気付かない。
「どうして……松元さん?」
「ごめん。俺のせいなんだ……」
私の震える声に息を呑んで俯いた篠崎君は、小さな声で、ポツリポツリとその理由を話し始めたんだ。
「松元のじーちゃんが、獣医師会のお偉いさんだってのは知ってるよね?」
「うん」
「じやー、横山先生と大学の同期だったっていうのは?」
それは知らなかった。
確かに同じくらいの年齢だろうとは思っていたけど……。
「本当はあの病院を引き継ぐことになった時、横山先生は、自分には必要ないから病院にある機械ごとくれるって言ったんだ。だけどハルキが……だったらそれは売って、その金を横山先生に渡そうって」
「……」
「あいつ、横山先生が金稼ぎの診療してなくて、そんなに裕福な暮らししてないの知ってたから」
春希は本当に横山先生が大好きだった。
実習の時だって、いっつも先生にくっついて回って、休みの日にも何度もお家まで遊びに行って。
“そんな中途半端な気持ちで、横山先生の大切な病院を引き継ぐと思う?”
頭に浮かんだ聡君の言葉に、どうして今更それに気付いたんだろうと、自分に呆れた。
もしも最初から留学をするつもりだったとしたら、春希は絶対に横山先生の病院を継ごうとは思わなかったはず。
それに、マコにミカちゃんにサチちゃんにコトノちゃんだって、中途半端に途中で放り投げるくらいなら、最初から雇わなかったはずだ。
そう考えると、春希の行動はどう考えてもおかしくて……。
「篠崎君。お願いだから、知ってること全部話して」
書類を握る私の手の震えに気が付いた篠崎君は、目を瞑りながら大きく息を吐き出して、重い口を再び開いた。