犬と猫…ときどき、君
だけど、胡桃はどうしてあんな言葉を口にしたんだろう?
――“本当に、留学したいの?”
真っ直ぐに俺に向けられた瞳は、俺の本心を探ろうとしているようで、混乱した頭のままでは、誤魔化すような言葉しか出てこなかった。
胡桃は何かに気付づいているのか?
いや、そんなはずはない。
俺の昔の事を知っているのは、篠崎と仲野と、あの女くらい。
何のきっかけもなく篠崎がそれを話すとも思えないし、唯一きっかけになる可能性のあるあの書類は、篠崎に随分前に処分するように頼んだんだ。
感づかれる要素なんてどこにもない。
それなのに、なぜか嫌な予感がする。
「ん~……」
スッキリしない頭を抱えたまま、コーヒーをテーブルに置いて、残り少なくなった煙草を一本取り出す。
それに火を点けて、“もう止めないとなー”なんて、ぼんやりとその煙を見上げた時だった。
ピンポーン――……。
ガランとしたその空間に、インターホンの音が響いた。
「……」
誰だ?
こんな時間に。
時計に目を向けると、時間は二十一時半を回った頃。
誰かが来る予定なんてなかったし、そもそも、来るとしても篠崎くらいなんだけど。
万が一来るにしても、メールか電話の一歩でもよこすとは思うんだけど。
とにかく、こんな時間の訪問者に心当たりのない俺は、首を傾げながらもそのボタンを押した。
「――はい」
宗教の勧誘とかだったら、マジで面倒くさいな。
そんな気持ちが込められる声は、自分でもわかるくらい気だるげな声。
――だけど。
「遅くにすみません、仲野ですけど」
そこから聞こえた意外な人物の声に驚いて、思いっきり噎せてしまった。
「だ、大丈夫ですか?」
「……おー、何とか」
インターホン越しに俺を心配するその声に、ゴホゴホと咳き込んで、
「どした?」
少し落ち着いた頃、やっとそう口にする事が出来た。
だってこれはイレギュラーすぎる。
なんで今、仲野?
今日は千客万来すぎるだろ……って、ちょっと言葉の使い方が違うけど。
「取りあえず上がれば?」と、オートロックを解除して、未だ気管に入っている変な空気をゴホゴホと出しながら玄関に向かう。