犬と猫…ときどき、君


「お大事にどうぞー」

午後の診察の七番目の患畜を診終わって、いつものセリフでオーナーさんを送り出す。


もう症状の重い子達は他の病院にお願いしたし、来ているのは、症状の軽い子や、かかりつけの病院のない駆け込みの新患さんがほとんどだ。

平和が一番なんだけど、こうしていると、バタバタと働いていた毎日を懐かしくも思ってしまう。


やっぱり人間ない物ねだりの生き物なんだよね。

そんなことを思いながら診察室を出て、カルテをお会計に回して、次のカルテに目を通す。


「あ、アフガン・ハウンドだ」

こっそり好きなその大型犬の飼い主さんは、耳掃除をご所望。

コトノちゃんが作ってくれた耳掃除用の綿棒を持って、診察室のドアに手をかけた時だった。


「ちょっとっ!! 何してるんですか!!」

受付にいるはずのサチちゃんの大きな声が、診察室裏のこの場所まで響いてきた。

それに続いて、バタバタと走る数人の足音。


――な、何ごと!?

事態がつかめないまま、曲がり角になっている受付からの通路に視線を移して、

「芹沢さん!!」

その声に、体が凍りついたように動けなくなった。


だって、どうしているの?

どうして、松元さんがここに?


「芹沢さん、すみません!!」

それに、仲野君も。


大きな足音を立てながら走ってきたのは、受付にいたサチちゃんと、慌てたように彼女を制する仲野君と、その先頭で私の名前を呼んだ松元さん。


呆気に取られる私の前で、ピタリと足を止めた彼女に、つい息を飲む。


だって、こうして彼女が私の元にやって来る時って、ろくなことが起らない。

一回目は引っ叩かれて、二回目はコーヒーを頭からかけられて。


自分にも非があったとはいえ、やっぱり恐怖心は拭えない。


どうしよう。

診察室では耳掃除のアフガン・ハウンドが待っているし、待合にいる人たちは、一体何事かと少しざわついている。


「えっと……どうしたの?」

すごい勢いでやって来たのに、松元さんは私の名前を呼んだあと、顔顰めたまま何も言わないし。


「松元さん?」

手に持っていた綿棒を元の場所に戻して、出来るだけゆっくりと彼女の名前を呼ぶと、わずかにその唇が開く。


「ごめんなさい」

それは、消え入りそうな、小さな声だった。
< 604 / 651 >

この作品をシェア

pagetop